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おわり [詩]

おわり   高平 九

「そうね、もう逢わない方がいいのよね」目の前に展いている乾いた海に、ささく
れのような波が音もなく立っては消えた。「そうよね」繰り返す君の声はかすれ、
二人が座っている流木の洞を吹き抜ける風の音のようにさびしい。「もう、終わり
にしよう」そう言いかけた時だ。ひんやりとした湿りがまるで風にあおられた女性
の髪のように僕の片頬を撫でた。「あら」背筋を伸ばして空を仰ぐ君の額や瞼や唇
を何かが濡らしはじめる。やがて君が閉じていた目をひらくと、暗い空を映した瞳
からそれはあふれて、長い睫毛がその重みに震えた。頬をつたい、顎から流木へ、
砂浜へと、滂沱と流れ落ちる水。それは流木の周りの砂を黒く染めると、なおも波
紋のように広がって世界を潤してゆく。空き瓶や波打ち際や古びた灯台や難破船。
タンカーや雲の群れや鴎や鯨。世界が幻の洪水に巻かれるのを見た僕が「ねえ、ご
覧」と君をふりむいてもそこには誰もいない。豊かにたゆたう海のほかには。

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