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けん玉のこと [その他]

学生時代にけん玉に夢中になった時期があります。狭いアパートに一人暮らしだったので、寂しかったのでしょう。毎晩、ひたすらけん玉で遊んでいました。

けん玉にはまったきっかけはあるけん玉との出会いでした。そのけん玉は「民芸交易」という世田谷の町工場が作っていて、従来のものと比較すると格段にバランスがよく使いやすかったのです。

↓ 「民芸交易」が製作販売していた競技用けん玉。S18‐2型。倉庫から未開封のものを発見。
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民芸交易のけん玉を設計したのは新間英雄さんというクラシックのギタリストでした。当時はまったく知らなかったのですが、日本の五大ギタリストに挙げられるほどの演奏家なのだそうです。

けん玉のテクニックの本も何冊か出していらして、今では当たり前になっているコスミック技(玉とケンを手元から離す技)も新間さんの本で知りました。コスミック技の考案者は田中俊一という方だそうです。

↓ 新間さんの著作。けん玉の歴史、けん玉の技などが詳しく解説されています。
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民芸交易から発売された競技用けん玉にはS14、S16、S17、S18などの種類がありました。それぞれに様々な設計上の工夫が凝らされていました。S14、16は小型、S17は中型、S18は大型と分類されていました。

S14は少しだけ中皿が大きめに作られているので「もしかめ」がストレスなくできます。14という数字は剣先から中皿までの長さです。子供や手の小さな人が遊ぶのに適したけん玉でした。材質はサクラだけでした。

新間さんはS17の設計に2年を費やしたそうです。伝統的なけん玉に最も近い形ですが、どんな技にも対応している汎用型のけん玉です。少し形の違う17‐2、‐3というものもありました。材質はサクラとケヤキがあったと記憶しています。私が愛用していたのはケヤキのS17でした。
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S18にも18‐2、3がありました。材質はサクラとケヤキがありました。重いので「もしかめ」のような技には向きませんが、「ロウソク」「うぐいす」「奥義剣」などの技はやりやすいようです。鼓部や剣に穴が開けて軽くしてありました。私が最初に手にしたけん玉はこのタイプでした。

サクラ材のけん玉はすぐに手に馴染むのですが、ケヤキのものは表面が滑らかなので使いはじめは手からすべり落ちそうな感じがします。しかし、ケヤキのけん玉は剣と玉が当たるときの音かカンカンと心地よく、使い込んでいくとツヤが出て自分のけん玉に育っていきます。玉だけでいうとS17の場合はサクラ材で75グラム、ケヤキ材では80グラムあります。少しだけケヤキの方が重いです。

もう1つこのけん玉の優れた点は糸でした。最初に購入したときは普通の木綿の糸(たこ糸)でした。しかし、そのうちにナイロン糸が付属するようになり、ビーズをつけて縒りをなくす工夫もされるようになりました。ナイロン糸もビーズも予備がいくつか付属してました。もっともナイロン糸は丈夫なので購入してから40年経った今でも切れません。

民芸交易のけん玉には鼓部(大皿と小皿)の剣を入れる穴に4カ所に糸固定溝があって糸がずれないように工夫されています。糸によって鼓部と剣の間に隙間ができ、鼓部から剣が抜けてしまうこともあるのでその予防にもなります。一時、鼓部から剣が抜けるのを防ぐためにネジを使ったこともありましたがそれは後になくなりました。理由は分かりませんが、金属ネジが木製のけん玉に馴染まなかったかもしれません。

↓ 糸固定溝
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もともとのけん玉は子供の遊び道具でした。それを木地師の職人さんたちが仕事の片手間に作っていたのだと思います。当然ですがバランスの良さや様々な技をやりやすいようになどという観点はなかったはずです。それを大人も楽しめる趣味の道具として捉え直して、設計や素材にこだわったのは新間さんでした。大人ももっと自由にけん玉を楽しめるようにというのが新間さんの考えでした。多くの人が新間さんの設計したけん玉に出会って改めてその魅力に気付いたことでしょう。

民芸交易のけん玉には80個限定販売のローズウッドのものもあって今でも家宝にしています。
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ある日、民芸交易に電話をするとけん玉はもう作れないと言われました。理由を尋ねると「父が亡くなったので」という答えが返ってきました。電話に出たのは娘さんでした。

人が作る物は人がいなくなると作れなくなるということを痛感しました。民芸交易の親父さんが作るケン玉は購入のたびにどこか改良されていました。それが新間さんの指示なのか、親父さんの工夫なのかはわかりません。ひとつだけ言えるのは、どのけん玉にも丁寧に仕事がされていて、作った人の思いがこもったけん玉だったということです。

今でも時折、新間さんが設計し民芸交易の親父さんが作ったけん玉を取り出して遊んでいます。私が得意だったのはフリケン。学生時代、百回続けてできるまで寝ないと決めて夜中に練習した技です。当時は前後左右も楽々できたのですが、今ではかなりさび付いてしまっています。

数年前に膝を痛めたのでリハビリのためにまたけん玉もやっています。ボケ防止にもなればいいんですが(笑)

ところで、新間英雄さんの息子さんが、あの立川志らく師匠なのだそうです。あるテレビ番組で話していらっしゃるのを聞いてびっくりました。師匠もケン玉八段の腕前らしいですよ。
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赤い洗面器を頭にのせた男の話 [その他]

久しぶりのブログです。

今日ドラマ『古畑任三郎』の再放送を観ていたら「赤い洗面器を頭にのせた男」のことが出てきました。
第38話「最も危険なゲーム・後編」主演は江口洋介。

「赤い洗面器を頭にのせた男」
 道を歩いていると向こうから赤い洗面器をのせた男がやって来た。洗面器には水がたっぷり入っているらしく、男は慎重にゆっくりゆっくりと歩いている。私は勇気をふるって尋ねた。
「ちょっとすいません。あなたどうして頭に赤い洗面器なんかのせているんですか?」
 すると男は答えた……。

こんな話です。
この話は古畑任三郎シリーズに5回、他の三谷幸喜作品にも何度が登場していますが、どの場合もオチが明かされず、いまだに謎の小咄なのだそうです

最初に古畑シリーズでこの話が出てきたのは1994年放送の第1シーズン第11話。桃井かおりが犯人役の「さよなら、DJ」。ラジオ番組の最中にDJはこの小咄を披露しますが、古畑に犯行を見破られてオチを言わずに終わりました。

私は三谷作品が大好きなので、もちろん『古畑任三郎』も全部見ています。だから、この不思議な小咄のことは知っていました。やはりこの小咄が出てくるドラマ『王様のレストラン』、映画『ラヂオの時間』も観ています。

そして、この小咄のことを聞くたびに2つの小咄を思い出すのですが、当時はSNSもないので誰にも伝えられずにいました。

今から40年ほど前のこと、大学の先輩の披露宴の二次会で初めてそれらの小咄を聞きました。正直、その場では何が面白いのか分からなかったのですが、なぜか印象に残って自分でも機会があるたびに話すようになりました。この小咄は一度聞いてもその面白さはピンと来ないけど、自分が話してみると聞いている人のぽかんとした反応が実に面白いことに気付きます。つまり話して楽しむ小咄なのです。

題名は『セロリ男』『バナナ男』
これらの小咄には原典があるのかもしれません。試しにネット検索もしてみましたがこの題名ではヒットしませんでした。もし原典をご存知の方がいらしたら教えてください。それから、一度聞いただけの話なので勝手に作り変えてしまった点もあるかとも思います。ご容赦ください。

『セロリ男』
 ホテルのドアマンがいつもと同じように客を迎えていた。ある日、立派な紳士がやって来た。しかし紳士はなせが耳にセロリをはさんでいる。ドアマンはこのお客さん、なんでセロリを耳にはさんでるんだと不思議に思ったが、そんなことを尋ねるのは失礼かと思い我慢した。その紳士は次の日も、その次も日もやって来た。やはり耳にはセロリをはさんでいる。それでもドアマンは我慢した。ところが4日目、同じ客が耳に長ネギをはさんでやって来た。ドアマンはとうとう我慢できずに尋ねた。
「お客様たいへん申し訳ありませんが、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわんよ」
「お客様はなぜ耳に長ネギをはさんでいらっしゃるんでしょうか?」
「ああ、これかね」
 すると紳士は耳から長ネギをとって言った。
「今朝、八百屋にセロリがなかったんじゃよ」

いかかでしょうか?これを読んでいる皆さんの「えっ?」という顔が目に浮かびます。結局、お客はドアマンの質問にちゃんと答えていないので、セロリであろうと長ネギであろうと、なぜ耳にはさんでいるかは謎のままです。なんかすっきりしない小咄ですよね。

「もう一つ聞いていただくと、この話の面白さが分かっていただけるかもしれません」
私が聞いたときに話し手はそう言ったと記憶しています。だから私も同じように言って次の小咄『バナナ男』を話しています

『バナナ男』
 新幹線ひかり号に乗って東京を発った。ボックス席の向かいに男がいた。不思議なことに男の両耳にはバナナがさしてある。皮をむいてあるので空調の風を受けて皮がバタバタしている。男は新聞を広げて読んでいた。
(どうしてこの人はバナナを耳にさしているんだろう?)
 そう思ったが初対面の相手にそんなことを聞くのは失礼だと思い我慢した。だが新幹線が名古屋に近づくにつれて、男が名古屋で降りてしまえば一生謎のままであると思い、意を決して礼儀正しく尋ねた。
「あのお、不躾な質問で申し訳ありません。あなたどうして耳にバナナをさしているんですか?」
 だが、男は無視して新聞を読んでいる。声が小さかったのだろうか。勇気をふるって今度はもっと大きな声で尋ねた。
「すみません。あなたどうして耳にバナナをさしてるんですか?」
 それでも男は黙って新聞を読み続けている。なんで無視するんだ。腹が立ってきた。思わず新聞を手で破いて叫んだ。
「あんたねえ、なんで耳にバナナなんかはさんでるんだ!」
 すると男は耳からバナナを外して言った。
「すいません。耳にバナナをさしていたんで、あなたの声が聞こえませんでした」

新幹線に東京から乗ったら席は向かい合っていなってないだろうって? そうなんですよね。もしかすると新幹線ができる前の話なのかしれませんね。オリジナルは東海道線の特急なのかもしれない。
えっ? 空調の風くらいでバナナの皮はバタバタしないって? そうなんですよ。その点は非科学的なんですけど面白いのでそのまま使ってます。

細かなことはさておき、この2つの小咄って『赤い洗面器を頭にのせた男』に似ていませんか?
三谷幸喜さんも『セロリ男』『バナナ男』の話をどこかで耳にしたのだろうか?あるいは『赤い洗面器男』という同類の話があったんでしょうか?想像すると面白い。

私なりに『赤い洗面器を頭にのせた男』にオチをつけるとすると、

「すいません。家に赤い洗面器しかなかったんですよ」

とでもなるんでしょうかね。えっオチになっていないって? だから、三谷さんもあえてオチを伝えないんでしょうかね。

よし、次からは『セロリ男』『バナナ男』『赤い洗面器の男』の3つをセットで話してみよう。聞いている人が消化不良でイライラする顔が目に浮かぶぜ(笑)

いったい誰が作ったんでしょう。これらの小咄の出典をご存知の方はぜひ教えてくださいね。よろしくお願いします。
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九の近況(2) [その他]

今日(7月1日)は関東地方、大雨のようですね。

ようやくワクチン接種券が届きました。65歳以上に1ヶ月足りなかった私は取り残されたような気分でしたけど、これで高齢者の仲間入りができます。近所の病院が今日から予約受付なので、朝の9時から電話をしました。でも話し中、その後100回以上かけ直して、ようやく10時過ぎにつながりました。7月6日が1回目、2回目は7月27日になりました。

I園O茶新俳句大賞は6月前半に二次通過者への封書が届いたみたいですね。残念ながら私のところには来ませんでした。入選した俳句を見ると、どれも実感がこもっていて感心します。俳句は写真のように一瞬の出遭いを切り取るものだと思っています。想像だけで作ったものにはやはり力がありません。旅先など特別な状況でなくても、日常に目を凝らせば出遭いはあるはずなんですけど、なかなか難しいですね。来年も挑戦します。

「ココア共和国」への投稿は続けていますが、なかなか傑作集(紙の本)には届きません。2ヶ月続けていただいた秋吉久美子さんの「こりゃいいね」も7月号ではとうとうもらえませんでした。
今月の詩は母のことを書きました。皆さんもそうかもしれませんが、亡くなった人というのは年月が経てば経つほど不思議にその存在感が濃くなります。このまま行くと私があっちに行くころには復活するんじゃないかと思うほどです(笑)

「桜貝の記憶」という詩です。三保半島の駒越海岸には桜貝の貝柄がたくさん落ちていました。あるとき母は幼い私を連れてその貝を拾って歩いたことがあります。東京から嫁いで来た母が、田舎暮らしの姑や父の兄弟姉妹と暮らすのは並大抵のことではなかったでしょう。いつもは気丈で快活な母でしたが、その記憶の中の母はとても悲しげです。空はどんより曇っていて富士山も見えなかったと思います。私は途中で歩けなくなって母の背中に負われました。それでも母は貝殻を拾うことをやめなかった。そんな詩です。

程度の差こそあれ男はみんなマザコンです。うちの父は認知症になってから「母ちゃんが待ってるから清水に帰る」と言って毎晩のように徘徊していました。さすがにそうはなりたくないと思います。

ちなみに8月号に向けての投稿はもう済んでいます。飼い猫のことを書きました。

できれば現実と非現実のあわいの世界を描きたいと思っているのですが、どうも最近の私は現実の方に引っ張られているように感じます。幻想への扉が固くなってしまったのか。でも、鍵はまだ私の手の中にあります。

資生堂の「詩を探しています」にも応募してみました。詩の投稿は「ココア共和国」だけと決めていたのですが、たまたまある方がツイッターでこの賞を紹介してくださっていて、そのときに言葉が自然に浮かんでので2つほど送ってみました。でも、今日(6月30日)までに連絡がないので選んではいただけなかったようです。「ココア共和国」に投稿している何人かも送ったはずですけど、どうだったんだろう?

肝心の小説はなかなか新作が書けません。応募しようとして準備していた「このミステリーがすごい!大賞」や「オール讀物新人賞」に投稿する作品を途中まで書いたのですが、結局間に合いませんでした。この2作はなんとか書き上げて来年こそは応募したいと思っています。

座・劇列車の『やまんば おゆき』の稽古も進んでいます。今は演出の先生方の指導で台本を持っての立ち稽古をしています。先日は1場から3場までと子役の活躍する8場をやりました。先生方が見てくださるのは月2回だけなので、他の稽古日は演出助手の私が中心となってお復習いをします。あくまで助手として先生方の助言が正確に伝わっているかを確認するだけと自分を戒めているのですが、どうしても余計なことを言ってしまいます。

お世話になった西田了先生が30年前に演出してくださった作品です。もともと朗読劇だったものを、演出の先生方の指導で私が書き直しました。あふれそうな思いを我慢して助手に徹するのは大変ですけど、それが私の役割ですから、とにかくあまり余計なことを言わずに稽古を進めたいと思います。

今はちょうど千葉公園などの大賀ハスが見頃のようです。週末に見に行こうと思っていたのですがあいにくの雨の予報です。私が書いた『千年天女』という作品には大賀一郎先生が登場し、蓮の花は作品のモチーフの1つになっています。昨年ミュージカルとして上演予定でしたけど、この状況ではなかなか上演できないようです。しかし、『千年天女』をテキストにした演劇、音楽、ダンス講座を開いてくれるそうです。私も参加希望のメールを送りました。久しぶりに参加者の皆さんの顔を見られると思うと今から楽しみです。
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読んでいただきありがとうございました。内容があまりないのに長くなりました。なかなかいい報告ができずにすいません。
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九の近況です。 [小説]

九の近況です。

4月に「第52回ENEOS童話賞」に初めて2作の童話を応募しました。一つの作品はしばらく前に興にまかせて書いたものです。もう一つは今回応募を意識して書きました。最近は道化師として子供と遊べないので、童話で子供の想像力に挑戦しようと考えました。意識したのには「なるべく書かないで、子供が書き込める余白をたくさん作る」こと。これがなかなか難しい。ついつい書き込みすぎてしまう。2つの作品は果たして子供に気に入ってもらえるかな。えっ、 選ぶのは大人ですって? 

「第52回ENEOS童話賞」(締め切りは5月31日です。まだ間に合いますよ)
https://style.ehonnavi.net/ehon/eneos/2021/03/03_001.html

「第16回千代田文学賞」にも応募しました。今回で3回目です。前回の反省を踏まえて余裕を持って書き進めたはずが、結局は締め切りの前日にほぼ徹夜で書き上げました。懲りない奴です。2匹目のドジョウならぬ2匹目の鯉は難しいか。

そうそう「ブックショート」の3月期優秀賞に選ばれました。この賞は、童話、民話、昔話、それにパブリック・ドメイン(著作権がすでに消滅した)の小説をもとにしたショートショート(5000字以内)の作品を募集しています。毎月、優秀賞が数作ずつ選ばれ、その中から年間の大賞が選ばれます。大賞に選ばれるとショートフィルムの原作にもなる可能性があるそうです。私はここ数年3月にしか出せていません。今回は書いている途中も応募する際にも「これは愚作ではないか?」という考えがよぎりました。愚作と思っても最後まで書く。そしてとにかく応募する。恩師の西田先生は「いつも傑作というわけにはいかないよ」と言ってくださいました。愚作を怖れず書きなさいということだと思います。とりあえず今年も月の優秀賞に選ばれてよかった。
『人間ドッグ』という作品です。よろしければこちらでどうぞ。

「ブックショートアワード2020年度3月期優秀作品」 『人間ドッグ』高平 九
https://bookshorts.jp/novel202103/4/

『ココア共和国』への詩の投稿も続けています。中学のときから詩を書いていて、詩を書くこと自体は特別なことではありません。もちろん数ヶ月、あるいは数年も書けないこともありました。でも、詩を書かなきゃいけない思ったことは一度もありません。それでも最近少し意識してきたかな。ずっと家に引きこもっていた人が、外に出る機会が増えて身だしなみに気を遣うようになったような感じです。ただ、今も投稿しなければというプレッシャーはあまりなくて何となく生まれてきた詩を投稿しています。傑作集に選ばれると紙版・電子版両方の詩誌に掲載されます。佳作集に選ばれると電子版のみに掲載されます。傑作集にはなかなか選ばれませんけど、佳作集には毎回選んでいただいて、才能ある若い人たちと自分の詩が並んでいることを純粋に楽しんでいます。秋吉久美子さんに「こりゃいいね」なんてもらおうものなら「キャッホー!」と声を上げて大喜び。それにしてもアマチュアとはいえ、いい詩を書く人がたくさんいますよ。きっとあなたの感性に寄り添う詩があると思います。ぜひ読んでみてください。紙版はイラストも可愛いので、バッグやポケットに入れて電車で取り出して読んだりしているとかなりおシャレだと思います。「『ココア共和国』お好きなんですか?」なんて声かけられたりするかも(笑)

5月号は珍しく傑作集に選ばれました。『殺され屋の憂鬱』という詩です。秋吉久美子さんの「こりゃいいね!」もいただきました。「キャッホー!」です。

紙版はAmazonで購入できます。電子版もAmazonなど電子書店に購入できます。また「ココア共和国」のサイトからは紙版・電子版どちらも購入できます。

「ココア共和国」 ココアショップ
https://www.youyour.me/cocoa-shop

先日、その『ココア共和国』のお仲間がTwitterで資生堂主催の「『詩』を探しています」という賞を紹介していました。そのときたまたま書いていた詩がその賞の趣旨にふさわしいと感じたので2作応募してみました。

「『詩』を探しています」
https://hanatsubaki.shiseido.com/jp/column2/12108/

そして、今は「第20回このミステリーがすごい!大賞」への応募作を書いているのですが、これがまた遅々として進まないのです。

来月6月20日は「第101回オール讀物新人賞」の締め切りです。この賞は今年から時代小説の短編に特化したので、「このミス」と並行して書いている作品を何とか書き上げて応募したいと思っています。

あれ? 座・劇列車『やまんば おゆき』の稽古も始まるし結構忙しいぞ。大丈夫かなあ。皆さん、こんな私ですが応援よろしくお願いいたします。
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英友会有志劇団ミュージカル『The Greatest Showman』観劇の感想 [観劇]

5月16日(日)英友会有志劇団『The Greatest Showman』を観て来ました。

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会場は船橋市市民文化ホール、開演は18時でした。
あいにくの小雨模様。船橋駅から会場までは10分ほどでした。船橋市もまん延防止重点地区ですけど駅の周辺には多くの人がいました。

会場にはスタッフの方が大勢いて、検温、アルコール消毒など感染予防は万全でした。チラシも自分で取り、チケット代わりの施設使用申込書も自分で箱に入れるようになっていました。さらにテーブルを並べて順路を作り整然と入場できるように工夫されていました。

座席も1つおきを徹底していました。キャパが千人ほどのホールですが、観客は230人ほどだったそうです。お陰で感染も気にせずゆったりと観劇できました。

全編英語のセリフでした。英語が苦手なのでほとんど聞き取れませんでしたが、この作品は映画で観ていて、ストーリーやシーンについても覚えてたので不自由はありませんでした。しかし、おそらく私のように英語が苦手で、かつ映画も観ていない人であってもそれぞれの人物の葛藤や怒り、愛情などの感情は伝わったと思います。それほど思いのこもったパフォーマンスでした。

英語のセリフを語るだけでも容易ではありません。さらにセリフに感情を乗せて発するのは苦労なさったことでしょう。そして歌とダンス。稽古はさぞたいへんだったと思います。

有名な『This is me』という曲はサーカス団員の髭の女性レティが歌います。レティは拙作『東金レットイットビー』でお世話になった『ヤッサウエーブ』バーソナリティのブルボンまゆみこと庄司まゆみさんが演じていらっしゃいました。歌唱も力強くて素晴らしいものでしたが、群舞の迫力にも圧倒されました。髭というコンプレックスのため人前に出ることに恐怖を感じていたレティが、そのコンプレックスを克服して生きようという思いが伝わってきました。ダンスシューズがすり切れるほど稽古なさったそうです。お疲れ様でした。

『アニー』の演出で有名な篠崎光正先生の講習を受けたとき、「演劇は思いを秘めるもの、ダンスは思いをストレートに表すもの」と先生がおっしゃっていたことを思い出しました。ミュージカルとは秘めた思いの部分を歌やダンスで表に解放するものだと思います。抑圧され秘めれば秘めるほど、その思いは激しく表に噴き出すものなのでしょう。

同じく『東金レットイットビー』に出演してくれた戸田雅城さんは老いた主人公バーマムを演じていました。ずっと花道にいて場面と場面を回想でつなぐ役割なのですが、何ともいい雰囲気で物語の案内役を演じていらっしゃいました。つらいシーンがあっても戸田さんのバーナムが出てくると癒やされて、次のシーンへの期待がふくらみました。休憩前に花道で眠ってしまって、女の子に起こされるシーンはサイコーでした。本当に寝たと思った人もいたみたいです。お疲れ様でした。ゆっくり寝てください。

もう1人『東金レットイットビー』に出演してくれたうおちゃん。ダンサーとしてサーカス団員の妖精ベルを演じていました。最前列での弾けるようなパフォーマンス見事でした。バーナムが最初に集めたサーカス団員はそれぞれにコンプレックスを抱えた「フリークス」と呼ばれる人たちでした。彼らが自分を蔑む周囲の目や内なるコンプレックスと戦い、それを跳ね返そうとする激しい感情がステージから溢れてホールを満たしていましたね。私も手拍子だけでなく足も踏み鳴らしながら興奮していました。お疲れ様でした。

このコロナ禍の中で公演に踏み切った劇団とそのメンバーに敬意を表します。コロナウィルスをも吹き飛ばす素晴らしいパフォーマンスでした。もっとたくさんの観客がいたらホールが揺れるほどの歓声と手拍子が起こったことでしょう。それがやはりちょっと残念でした。でも、とてもすっきりしました。これで明日もコロナの抑圧の中を生きていけると勇気をもらった気がします。

皆さん、本当にお疲れ様でした。

↓ まだ『The Greatest Showman』を観ていない方はこちらで。あの『ラ・ラ・ランド』のスタッフが作った傑作ミュージカルです。



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御礼『俺らってやっば天使じゃねえ?』公演 [戯曲]

5月9日(日)に座・劇列車の拙作『俺らってやっぱ天使じゃねえ?』公演が無事終了しました。

団員がそれぞれ声をかけて40名のお客様に来ていただきました。千葉県演劇連盟に加盟している団体の皆さんも来てくださいました。本公演『やまんば おゆき』に参加してくださる皆さんもいました。私の千葉市ミュージカルの仲間も応援に来てくれました。中には私の清水二中時代の同級生もいました。それから、この作品を最初に演じてくれた演劇部の顧問たちも応援に来てくれました。皆さん、まだまだ感染の危険が去らない中、御来場本当にありがとうございました。

そして、『やまんば おゆき』の演出福山啓子先生にもいらしていただきました。とても緊張しましたが観ていただくだけで感激でした。ありがとうございました。

喜劇なのにあまり笑ってはいただけませんでした。喜劇は難しいですね。ゲネを観たときにはかなり面白かったので自信があったのですが、まだまだ甘かったのかもしれません。団員は短い稽古期間のなか、ほとんど休まず稽古に参加してくれました。私の細かい演出にもしっかり反応してくれました。ですから団員のみんなにも感謝しています。ウケなかったのはひとえに作・演出の私の責任です。さらに精進してもっと笑っていただける作品を作りたいと思います。

私の書く戯曲はほとんどが喜劇ですけど、いつの間にか悲劇を連れてきます。今回の作品も神原家という家族が1億円の借金を抱えるという悲劇が喜劇の裏側に貼りついています。それは意識しているのではなくて何となくそうなってしまうのです。

世の中には誠実に一生懸命努力して生きているのに報われない人がたくさんいます。新型コロナウィルスの恐怖にさらされている今、状況はさらに深刻だと思います。でも、喜劇で笑われるのは決まってそんな人々です。

真面目に頑張っているのにどこかユーモラスな人たちは、つまり自分たちの写し絵です。人が必死になればなるほど、観ている人は可笑しくてたまらない。残酷なようですけど人は自分の写し絵を見てよく笑います。

話は少し逸れますが、欧米の道化師にはホワイトクラウン、オーギュスト、トランプ、ホーボーなどの種類がありますけど、ほとんどのモデルは浮浪者です。「クラウンClown」※というのは元々浮浪者を指す言葉です。「ホーボー」は鉄道をタダ乗りする人々のことです。鼻が赤いのは酔っ払っているから、口の周囲が黒いのは汽車の煤、口の周りだけ白いのは何かを食べたあと袖で拭ったからです。人々がクラウンやホーボーを観て笑うのは、1つ間違えば自分がそうなったかもしれない、どんなに頑張ってもいつかはああなるかもしれない、と自分と彼らを重ねて観るかではないかと思います。もしかすると子供が道化師を怖がるのは本能的に自分の人生に恐怖を覚えるからかもしれませんね。

「あいつ馬鹿だなあ」と大笑いすることで自らを客観化して少しは楽になれるのです。厳しい現実の枷をほんの少しだけ緩めることができるのです。お芝居のできることなんてそのくらいでいいと私は思っています。

 ※クラウンについて ちなみにCrownは王冠のこと。日本で道化師を「クラウン」と言わないのはある自動車会社に忖度したからだとか。「コロナ」も実は「Crown」と同じ王冠という意味の言葉です。皮肉ですね。

コロナ禍のなか、応援に来ていただいた皆さん、本当にありがとうこざいました。観に行きたかったけどコロナが怖くて行けなかったという皆さん、お気持ちはよくわかります。気にしないでください。

座・劇列車の次回作、『やまんば おゆき』は私のオリジナル作品ではありませんが、30年前に使った西田了先生の朗読劇の脚本をもとに私が脚色したものです。脚色にあたって演出の福山啓子先生。船津基先生に多くのご助言をいただきました。そのお陰でいい本に仕上がったと自負しております。

12月になればワクチンも行き渡り、今よりはコロナのことを忘れて生活できるようになるでしょう。

コロナ明けのお祭りだと思って観に来てくだされば嬉しいです。

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いよいよ明後日『俺らってやっぱ天使じゃねえ?』本番です [戯曲]

明後日『俺らってやっぱ天使じゃねえ?』本番です。

座・劇列車では演出はやりたくなくて、これまでは自作であっても固辞してたんですけど、小品だけは仕方なく引き受けていました。

以前、千葉でやった『白雨五人男女?(しらさめごにんおとこおんなはてな)』という作品以来2作目。
この公演は様々な芸事、日舞、三味線、お琴、ダンスなどの発表会だったので、お客様もそれらの芸事をやっている方ばかり。ミュージカル『コーラスライン』と『白浪五人男』をベースに『雨に唄えば』で踊り、『雨の慕情』を歌うというシュールな喜劇をどう受け止めてくれるかとても不安でした。

5つの役の中で、もっとも不安だったのは女子高生でした。60歳代の女性が女子高校生に見えるかどうかがこの芝居のキモでした。でも、たまたま楽屋が一緒になったダンスサークルの皆さんがあれこれと助言してくれたお陰で本番直前に素晴らしい女子高校生が完成しました。ほんとにどんなことがプラスになるかわからない。イベントに出るべきだし人とは交わるべきだとつくづく思いました。もちろん役者本人がなりふりかまわず貪欲に役を追求した成果でもあります。

結果はこんなにウケたことはないほどウケました。お客様の反応に役者もノリノリで、いつになくいいパフォーマンスを見せていました。役者と観客の相乗効果って大切ですね。役者の頑張りが見えれば、お客様も応援してくれます。

さて、今回の『俺らってやっぱ天使じゃねえ?』はどうでしょうか?

キャストがマスクを着けている変なお芝居。その上、ホールは音響が悪い。舞台を使うと何を言ってるのか伝わらないので、下でやります。そうなるとお客様から見えづらい。ソーシャルディスタンスをとって、しかも舞台が見えるようにするには40人が限界。そんな制約の中でどんな芝居になるのやら。

本番には『やまんば おゆき』を演出してくださる福山啓子先生も来てくださるそうです。嬉しいけどプレッシャー。他のお客様もほとんどミュージカルの常連とか小劇団の主宰、あるいは演劇部顧問。
そんな通ばかりの前で演じるのかあ。

と私は思っているんですけど、意外に他のキャストは意に介さないようで落ち着いています。

さあ、どんな公演になりますか。終演後にレポートしますね。
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不思議な感覚 [その他]

先日、あるテレビ番組のなかで、

芝居の最中に周囲の人がゆっくり動いているように感じたことがある」と話している俳優さんがいました。そして、共演している女優さんも「私も同じ経験をした」と言っていました。

ゾーンに入ったみたいなことですか」と司会者が尋ねましたが、俳優さんたちは「そうかもしれない」と言葉を濁しました。

ゾーンに入る」というのは、今では脳内麻薬とも言われる「βエンドルフィン」によって起こる科学的な現象と認識されていると思います。しかし、いまだに世迷い言だと決めつける人も多いことでしょう。俳優さんたちの曖昧な態度もそういう批判を怖れたからかもしれません。

ゾーンに入る」という言葉自体は比較的新しいものですが、その感覚は昔から有名でした。例えば、赤バットで知られる巨人軍の川上哲治氏が「ボールが止まって見える」と言ったという逸話(実際は小鶴誠という選手が言った言葉のようです)

極度に集中力を高めることによって、人は誰にとっても平等であるはずの一秒を数秒にも感じることができるようです。流行りの言葉で言うと「全集中」ですね(笑)

武闘家がその状態になると敵の動きが緩慢に見えスキだらけに感じます。

サッカー、バスケットなどの球技の場合には相手チームの選手のプレーを遅く感じたり、ピッチやコート全体が俯瞰できたりします。

棒高跳びや走り高跳びの選手はバーの位置を低く感じることでしょう。

マラソン選手は42.195㎞をとても短く感じるのかもしれません。

ギタリストのエリック・クラプトンは「スローハンド」と呼ばれました。ゆっくりと指を動かしているように見えるのに、複雑で難しい奏法ができるからだそうです。優れた音楽家は皆そういう感覚を持っているのでしょう。でなければ、あんな神がかった演奏はできません。

夏目漱石の『夢十夜』の『第六夜』には、護国寺の山門で仁王を彫る運慶が登場します。主人公が感心していると見物人の若い男が「眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ」と言います。

「明治の木には仁王はいない」という主題とは離れますが、これもまた優れた芸術家が「ゾーンに入る」感覚をうまくたとえていると思います。自分が創っているのではなく誰かに創らされているような感覚とでも言うのでしょうか。

多くの芸術家たちが言う詩神ミューズの降臨です。

私のパントマイムの師であるやまさわたけみつ先生は、同じ演目をくりかえし演じています。先生の師匠であるマルセル・マルソーもそうだったようです。

自然に観客も同じ演目を何度も見ることになります。でもけして飽きません。先生の公演は常連の人がほとんどです。会場は水を打ったように静まり、舞台上の先生の演技に集中しています。すると、前回まで見えなかったものが見えるようになってくる。同じ演目なのに全く違うディテールを発見するのです。

やまさわ先生はどんな観客の鑑賞にも負けないほどの緻密さで作品を練り上げ、そしてどんな観客をもしのぐ集中力で演じていることでしょう。

古来、達人と呼ばれる人は、難しいことをいとも簡単そうにやってのけるものです。集中力を高めることがそれを可能にするのであり、その極限に近いものが「ゾーンに入る」なのだと思います。

もう13年も前のことになりますが、モリエールの『いやいやながら医者にされ』という芝居を上演しました。私の役はスガナレルといって、最初から最後まで舞台上を動き回り、訳のわからないことをしゃべりまくる役でした。まだ芝居を始めたばかりでしたので、力の抜き方などまるでわかりません。あいにく仕事も忙しい時期でしたから、とにかく必死でした。毎回栄養ドリンクを飲んで稽古に臨んだことを覚えています。

ようやく迎えた本番中に突然時間が止まりました。

舞台上に相手役がいて台詞を言っています。私はそれを聴いています。次の自分の台詞までの数秒が実にゆっくりと進んでいるように感じられました。照明が光の粒子となって相手役と私の上に降り注いでいてなんとも美しい眺めでした。数百人の観客に見られていることなど完全に忘れて、不思議な幸福感だけが心を占めていました。

当時は「ゾーンに入る」などという言葉は知りませんでした。他の劇団員にその話をしてもあまり手応えがありません。変な人と思われないようにその体験はあまり人に話さないようにしていました。

自分が達人などというつもりは毛頭ありません。ただ、そのとき初めて観客の目も自分の演技の出来も関係なく、スガナレルという役柄として生きることに集中できたような気がします。そして、初めてお客さんが興奮して「よかったよ」と声をかけてくれたように感じました。

できればもう一度くらい、あの感覚を味わいたいと思います。おそらく、何度もその感覚を味わいたいと思う人はプロを目指すのでしょうね。

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I園O茶新俳句大賞に今年も応募しました [その他]

今年もI園の新俳句大賞に応募しました。締め切りは2月28日です。ネットからも応募できますのでお早めにどうぞ。




応募は1人6句まで。一般の部は40歳未満と40歳以上に分かれています。毎年、子供たちの応募数がものすごい数になります。学校単位で応募するからでしょう。それと比べると大人はそれほど多くありません。とは言っても前回の応募総数は全体で3,700万句を超えていたそうです。すごいですね。

一次審査で約2万句まで絞られるそうです。二次審査ではさらに半分の約1万句まで絞られます。

おそらく、この二次審査を通過した人に、封書で「二次審査通過回答シート」という書類が送られてきます。シートには氏名や住所、年齢などの確認とともに、二重投稿をしていないか、すでにどこかに発表をしていないか、などをチェックするアンケート。さらに句を作ったときの状況や気持ちを書く欄があります。シートは返信用の封筒で送ってもいいしネットで回答することもできます。

その回答を受けて、上位約2,000句を最終審査員が検討するそうです。二重投稿やすでに発表した句があると繰り上がって当選することもあり、これを「敗者復活選考」と呼んでいるようです。

最終的にパッケージに印刷される俳句は2,000句なので、二次審査回答シートを送ったからといって必ず入賞するわけではありません。むしろ8,000句は落選するわけです。

1つの句がパッケージに掲載されるまでの倍率は約18,500倍です。1人6句応募したとすると、自分の名前が掲載されるには約3,000倍の倍率になります。狭すぎる門ですね。

5月には最終審査があり入賞作が決定します。文部科学大臣賞は賞金50万円、各部門の大賞はそれぞれ20万円。優秀賞には5万円、さらに上位入賞300作にも賞金があります。

佳作特別賞までの2,000句に入れば、賞状と作品集、それに自分の俳句がパッケージに印刷されたO茶が1箱(24本)送られてきます。市販されるお茶には3句が並んでいますけど、送られてくるお茶は自分の句だけです。追加注文もできるみたいですよ。


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発表は毎年7月7日です。賞状と賞品はすぐに送られてきますけど、句が印刷されたお茶が世間に出るまではしばらく時間がかかります。忘れた頃に「あなたの句が配られたお茶に載っていてびっくりしました」なんてメールが来たりします。コンビニやスーパーで見つけると思わず買ってしまって、1年くらいはお茶の銘柄はO茶ばかりになります(笑)

5年ほど前に佳作特別賞をいただきました。それから毎年応募していますが、一昨年シートが送られて来たものの落選でした。賞をいただいた句はこれです。

 老い満ちて母口ずさむ聖夜かな

という句です。

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「老いる」ということは何か寂しく衰えていくイメージがありますが、晩年の私の母を見ていると「老いる」ことは「満ちる」ことなんだなあと感じました。もちろん体力はなくなり、新しいことを覚える能力も失われてしまいます。かつて美しい母は子供の私にとって自慢でした。それがすっかり皺だらけ。しかし、生きる知恵を身につけ、多少のことではへこたれない根性を培い、たくさんのいい思い出をため込んでいる母は、とても充実して見えました。また、人の話にしっかり耳を傾け、いつも笑顔を絶やさない母の姿は人間として美しいと感じました。

「老いる」というのは人間として「満ちる」ことです。初句の「老い満ちて」を思いつくことでこの句はほぼできあがりました。

迷ったのは「聖夜」でした。最初はクリスマスの歌ということで「聖歌」としたのですが、「聖歌」だと教会で歌うようなイメージが強いので、クリスマスイブを表す「聖夜」としました。前に「口ずさむ」とありますから、歌っていることは容易に想像できますからね。結果的に「聖夜かな」で世界をぐっと押し広げることができたと思います。

孫を連れて行く日には、母はいつも台所にいます。前の日からずっと私たちに何を食べさせようか考えていたのだと思います。テーブルの上には私たちの好きな料理が並び、台所にいる母は汁物を温めていて、なかなか食卓につきません。

その日はクリスマスイブ。台所から母の鼻歌が聞こえてきます。どうやら「ジングルベル」のようです。一人暮らしの母にとっては、息子が孫たちを連れて来てくれた聖夜がどんなに楽しかったことでしょう。

その夜、孫たちに戦争体験を話してもらいました。私が子供の頃に何度も聞かされた話です。空を埋め尽くす銀色のB29のブルルンブルルンという爆音。焼夷弾が落ちてくるときのヒューヒューという不気味な音。疎開先の秋田から帰る途中で機銃掃射を受けたこと。学校の帰りに突然空襲警報が鳴り、知らない家の防空壕に入れてもらったこと。そんな体験をひとしきり語った後、母は背筋を伸ばして言いました。

「でもね、どんなに大変なときも、おばあゃん、恋もしてたわよ」

息子2人はまだ小学生でした。ほんとに素敵な母でした。
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詩『あどけない話』(高村光太郎)について(2) [詩]

あどけない話 『智恵子抄』より

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。
                 青空文庫より

以前、高村光太郎の詩「あどけない話」の2つ目の「ほんとの空」「ほんとうの空」になっているテキストがあるということを書いた。

その後、ブログにコメントをくれた方がいて「単なる間違い」と断定していた。もしかするとすでに何度か取り沙汰されて決着がついた事件なのかもしれない。そう考えるとちょっと恥ずかしい。

でも、もう少し説明をしてほしかったなあ。誰がどこで間違えたのだろうか。

どちらの詩句も「ほんとうの空」となっていたなら「単なる間違い」も納得できる。しかし、2つ目だけが「ほんとうの空」なのが面白い。

現にそういうテキストが複数あるということは、よほど権威のある人、または出版物が間違えたのだろうか?

不謹慎だとは思うが、こういう謎は答えが分からない方が断然面白い。

余談だが、私は子供の頃から百人一首のカルタが好きでよく遊んでいた。

母親もカルタが好きで、子供のころ東京の実家の近所にいた陸軍少将だか海軍少将だかの家に呼ばれて行ってカルタをしたのが自慢だった。

母の得意札は藤原定家の「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」。母は読み手のときに「まつほ(松帆)」を「まっぽ」と読んだ。

母のカルタ好きは祖母の影響らしい。母方の祖母は秋田の横手高等女学校在学中に寮生活をしていて、当時、教員していた石坂洋次郎とカルタで遊んだのが自慢だった。『青い山脈』や『若い人』に出てくる女学生のモデルは自分だと言い張っていた。

祖母の得意札は「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむ」。清少納言の父親清原元輔の祖父、清原深養父の歌だ。

祖母はこの歌の「いづこに」を「どんこに」と読んだ。子供のころ、そういう読み方がとても面白くて興味を持った。母の「まっぽ」、祖母の「どんこに」、どちらの読みにも彼女たちの匂いがした。

母も祖母も絶対に得意札は取らせない。人に取られるとすこぶる不機嫌になる。それがかえって面白くてわざと母や祖母の得意札を狙ったりした。

私が最初に覚えた歌は「きりぎりす」とか「ほととぎす」などの動物が初句にあるものだった。「百敷や」も「ももひき」と似ているのですぐに覚えた。百番目の順徳院の歌である。

得意札は「花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」。有名な小野小町の歌。あまりに有名なのでなかなか取れない。中学生になると友達とカルタを競う機会も増えたが、上手な子はきまってもっと特徴のない句を得意札にしていた。

密かに好ましく思っていた女子は「かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを」(藤原実方朝臣)が好きだった。頭のよい子だったけど、こんな激しい恋心を秘めているのかとドキドキしたのを覚えている。気を引こうとしていつもこの札を狙っていたが、なかなか取れなかった。カルタも強い子だった。

私は静岡の清水で育った。だから「田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」という山部赤人の歌は早くに覚えた。清水の子にとって富士山は日常である。風景の中になくてはならない存在だった。この歌を覚えない子はいなかった。

しかし、国語の授業で『万葉集』を勉強すると、原歌を知ることになる。
田子の浦ゆうち出でてみれば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける
あれれ?である。子供の頃から親しんだ百人一首の歌と違うことに混乱した。

これは百人一首を選んだといわれる藤原定家の間違いなのか? それとも万葉古歌をその時代に合わせてアレンジしたのか?

大学で『万葉集演習』を受講した。『万葉集』の歌を万葉仮名一つひとつにこだわって読んで発表するという演習形式の授業だった。図書館で様々な資料を読みレポートにまとめる。考察が十分でないと容赦ない叱責が飛ぶ。その授業を通して万葉仮名がいかに読めないかを思い知る。

『万葉集』と藤原定家の時代は四百年以上の隔たりがある。平安末期であっても『万葉集』は謎の多い歌集だったと思う。

田兒之浦従 打出而見者 真白衣 不尽能高嶺尓 雪波零家留

この歌は富士を讃える長歌に添えられた反歌である。

これを見ると「田兒之浦従:たごのうらゆ」「真白衣:ましろにぞ」「家留:ける」を、百人一首の歌のように読むのは無理がある。定家でなくてもそんな基本的な間違いはしないはずだ。

とするとやはり定家の意図的なアレンジなのか?

母は「松帆」を「まっぽ」と読み、祖母は「いづこ」を「どんこ」と読み換えた。それは歌に対する愛情ゆえだと思う。好きな作品は自分のものにしたくなるものだ。

藤原定家もそうなのか?

百人一首は出家した御家人宇都宮蓮生に依頼されたものだという。定家が作った百人一首の色紙は小倉山に建造された蓮生の別荘の襖を飾った。

そういう個人的な鑑賞物だったからこそ、定家は万葉古歌を自分流にアレンジすることもできたし、幕府にはばかって『新古今和歌集』から外された後鳥羽院とその子順徳院の歌も入れることができたのだろう。  

さて、「あどけない話」「ほんとうの」は単なる写し間違いなのか、それとも誰か熱烈なファンのアレンジなのか?

詩人の清岡卓行は、教科書にも掲載されている有名な評論『手の変幻』の中で、ミロのビーナスが両手を失ったのは「芸術作品の運命」だとしている。ミロのビーナスはその運命によってたまたま両腕を失うことで、平凡な彫刻から国境や時代を超えて愛される芸術作品へと飛躍した。それがこの評論の主旨だと思う。

芸術作品は一度作者の手を離れてしまえば、土の中に埋められて両手を失うこともあれば、持ち主の思いつきによって何かを描き加えられることもある。音楽ならば勝手にアレンジされることも拒否することはできない。

解釈もまた然り。自分の小説や脚本がどう解釈されるかは読む人次第である。小説は原作に堕し、脚本は演出家と役者、そして観客のものになる。

詩はどうだろう?

しかし、詩は言葉が命だ。やはりどんなに好きでも勝手にアレンジするのはやめてもらいたい、と作者は思うだろうな。

やはり、「ほんとの空だといふ。」が光太郎が書いた「ほんとの」詩句なのだろうな。

相変わらずまとまらない文章ご勘弁。
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