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耳 [詩]

       高平 九

ホームに立った瞬間めまいがした。階段を急いで駆け下りたせいだろう。膝も微か
に震えている。終電車はがらんとした車窓を並べてすでに滑り出していた。「クソ
ッ、またかよ」タクシー代とカプセルホテル代を天秤にかけながらふと見上げると、
薄暗い灯の下に自分と同じような男の姿がある。追っていって肩をポンと叩きたい
衝動にかられて緩めた頬が強張った。白線を踏んでいた彼の右足が不自然に上がり、
支えを求めて伸ばした手が加速する車体に触れるのを見たからだ。電車から激しい
平手打ちを受けた彼の身体が、ホームの柱にごんと打ちつけられ、回転しながら跳
ね返されて、魔人がランプに吸われるように車輪の下へと消えた。その時だ。何か
が赤い紐を引きながら飛んだ。それは硬いホームの上で2度3度跳ねたかと思うと、
発狂したようなブレーキ音の中を私の靴先にひたと止まり、ピク、ピクと動いた。
「なんだ耳か」私は思わず笑っていた。そして、その笑いは朝まで収まらなかった。


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