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I園O茶新俳句大賞に今年も応募しました [その他]

今年もI園の新俳句大賞に応募しました。締め切りは2月28日です。ネットからも応募できますのでお早めにどうぞ。




応募は1人6句まで。一般の部は40歳未満と40歳以上に分かれています。毎年、子供たちの応募数がものすごい数になります。学校単位で応募するからでしょう。それと比べると大人はそれほど多くありません。とは言っても前回の応募総数は全体で3,700万句を超えていたそうです。すごいですね。

一次審査で約2万句まで絞られるそうです。二次審査ではさらに半分の約1万句まで絞られます。

おそらく、この二次審査を通過した人に、封書で「二次審査通過回答シート」という書類が送られてきます。シートには氏名や住所、年齢などの確認とともに、二重投稿をしていないか、すでにどこかに発表をしていないか、などをチェックするアンケート。さらに句を作ったときの状況や気持ちを書く欄があります。シートは返信用の封筒で送ってもいいしネットで回答することもできます。

その回答を受けて、上位約2,000句を最終審査員が検討するそうです。二重投稿やすでに発表した句があると繰り上がって当選することもあり、これを「敗者復活選考」と呼んでいるようです。

最終的にパッケージに印刷される俳句は2,000句なので、二次審査回答シートを送ったからといって必ず入賞するわけではありません。むしろ8,000句は落選するわけです。

1つの句がパッケージに掲載されるまでの倍率は約18,500倍です。1人6句応募したとすると、自分の名前が掲載されるには約3,000倍の倍率になります。狭すぎる門ですね。

5月には最終審査があり入賞作が決定します。文部科学大臣賞は賞金50万円、各部門の大賞はそれぞれ20万円。優秀賞には5万円、さらに上位入賞300作にも賞金があります。

佳作特別賞までの2,000句に入れば、賞状と作品集、それに自分の俳句がパッケージに印刷されたO茶が1箱(24本)送られてきます。市販されるお茶には3句が並んでいますけど、送られてくるお茶は自分の句だけです。追加注文もできるみたいですよ。


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発表は毎年7月7日です。賞状と賞品はすぐに送られてきますけど、句が印刷されたお茶が世間に出るまではしばらく時間がかかります。忘れた頃に「あなたの句が配られたお茶に載っていてびっくりしました」なんてメールが来たりします。コンビニやスーパーで見つけると思わず買ってしまって、1年くらいはお茶の銘柄はO茶ばかりになります(笑)

5年ほど前に佳作特別賞をいただきました。それから毎年応募していますが、一昨年シートが送られて来たものの落選でした。賞をいただいた句はこれです。

 老い満ちて母口ずさむ聖夜かな

という句です。

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「老いる」ということは何か寂しく衰えていくイメージがありますが、晩年の私の母を見ていると「老いる」ことは「満ちる」ことなんだなあと感じました。もちろん体力はなくなり、新しいことを覚える能力も失われてしまいます。かつて美しい母は子供の私にとって自慢でした。それがすっかり皺だらけ。しかし、生きる知恵を身につけ、多少のことではへこたれない根性を培い、たくさんのいい思い出をため込んでいる母は、とても充実して見えました。また、人の話にしっかり耳を傾け、いつも笑顔を絶やさない母の姿は人間として美しいと感じました。

「老いる」というのは人間として「満ちる」ことです。初句の「老い満ちて」を思いつくことでこの句はほぼできあがりました。

迷ったのは「聖夜」でした。最初はクリスマスの歌ということで「聖歌」としたのですが、「聖歌」だと教会で歌うようなイメージが強いので、クリスマスイブを表す「聖夜」としました。前に「口ずさむ」とありますから、歌っていることは容易に想像できますからね。結果的に「聖夜かな」で世界をぐっと押し広げることができたと思います。

孫を連れて行く日には、母はいつも台所にいます。前の日からずっと私たちに何を食べさせようか考えていたのだと思います。テーブルの上には私たちの好きな料理が並び、台所にいる母は汁物を温めていて、なかなか食卓につきません。

その日はクリスマスイブ。台所から母の鼻歌が聞こえてきます。どうやら「ジングルベル」のようです。一人暮らしの母にとっては、息子が孫たちを連れて来てくれた聖夜がどんなに楽しかったことでしょう。

その夜、孫たちに戦争体験を話してもらいました。私が子供の頃に何度も聞かされた話です。空を埋め尽くす銀色のB29のブルルンブルルンという爆音。焼夷弾が落ちてくるときのヒューヒューという不気味な音。疎開先の秋田から帰る途中で機銃掃射を受けたこと。学校の帰りに突然空襲警報が鳴り、知らない家の防空壕に入れてもらったこと。そんな体験をひとしきり語った後、母は背筋を伸ばして言いました。

「でもね、どんなに大変なときも、おばあゃん、恋もしてたわよ」

息子2人はまだ小学生でした。ほんとに素敵な母でした。
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