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あの日あなたは [詩]

あの日あなたは  高平 九

あの日あなたは
明日の人間ドックのために
昼食をダイエットフーズにした
ちょうどその時
海が列島に噛みついていた

あの日あなたは
何をしたかも覚えていない
日常という当たり前に
記憶は希釈されていた
アリバイはしどろもどろで
どんな名探偵もあきれかえるだろう
そんな日に何人ものフランス人が
白くなった

あの日あなたは
スマホのアプリに夢中だった
視界の端っこに写真を持った東洋人が
跪いていた
あなたは指をこまめに動かしながら
明日も今日であることを疑わなかった
あなたとあなたの隣人とそのまた隣人も
今日と明日はのどかな寝息をたてている
でも、
でも、うすくもろいガラス窓の外で
誰かが巨大な銃に夕焼けの弾丸を詰めている
ことに
けして、気付かない

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ポケット2 [詩]

 ポケット2       高平 九

みんなひとつだけのポケットを持っている
あなたが拾った海色のビー玉が入っている
あの日のやわなまなざしが入っている
なくした何かのかけらが入っている
そんなポケットを持っている

はじめてその人の存在を感じたとき
ポケットからふいに言葉がとび出す
君のためだけの笑顔が出てくる
彼をはげます歌が出てくる
そのために命を投げだそうとする勇気が出てくる
理不尽に立ち向かう不屈の力がわき出す
そういうポケットを私たちは持っている

連作詩「雨市」 [詩]

連作詩「雨 市」  高平 九


水 駅

鰯の電車に
乗ってくる
海の背びれ

風は力まず
ベンチに微睡む
眠りのキップを切る

翻る時刻表の
Tシャツに崩れている
言葉の染み

(水はあふれている
 濡れている空のように
 影が冷える)

指先に綻びる階段
走っている季節の横顔
を洩れる二分間

水駅を撫でる
男の爪にたまる
告白である



黒 駅

夜は考えた
より黒い駅であるためには
どうすれば
いいのだ

月を殺そうか
雨が昨日使ったばかりの
トカレフを
私小説に隠して
貸してくれ


星まで
残酷すぎないか
放置自転車の
言葉が
夜の指を凍らす

夢駅行きの信号が変わり
熟睡という名の急行が
プラットホーム
の烏に爪を立て
百万羽の声が膨れ

魔女たちが
箒を投げ出して乗車券
の代わりに
人間の干し首を
おしたてて
さあ、乗った乗った

深い深いと
電車の尾が揺れて沈んだ
のを恋人たちの
海綿体がふやけて
見ていた 


 鳥 駅

待合室には
時計の秒針がねじれて
編み込まれていた

卵色の耳朶を
果汁の夢魔が汚して
故郷の翼をふと
そよぐ

猟師の爪先を
綴じる旅人の歌声
をポスターの色が
吸って


能く掘り起こす
簡単な宝
のありかに
印をつけて
いよ

金具をもれている
下着の酸い暗闇を
くびる
ことも
できて

からむ空と



 砂 駅

あと
一人と二匹なら
乗ることも出来るんですが

船長の
ひび割れた服
細くたれる月

砂と砂
わたし
砂と砂

砂に聞いた
君はだれ
砂は答える
あたしは長い待ち時間
砂は答える
あたしは狭い夕立
砂は答える
あたしは挙げ句の果ての感情線
砂は答えた
あたしこそ世界から切り抜かれた飲料水
砂は答える
あたしはかつて砂であった

君を
ここに道標として
巻き付けて
置く

船長の甲高い
笛が
あかい眼の魚のように
鳴りりりりり

りりりりりりりり



 少年駅


何か細いものを求めている
のは、何に触ろうとしての
ことだろうか

そんなに泣かなくてもいい
から、そんなに細かく他人
の服をちぎる

ホームからホームへと伝染
して、空襲警報に穴だらけ
の旗をたたむ

「し、少年よ」と吃る喫煙
者の、金メッキを被った故
郷の子守唄よ

ベンチは青臭いペンキに塗
られ、その上で中年婦人の
禁肉は試され

レールに裁断された雲の断
片と、拾い集める駅員の帽
子にたかる雨



忘 駅


爪に宿る満月のこと

マニキュアをはみだした顔と
ハイヒールに破裂する風のこと

母親の仮面のこと
妻の仮面のこと
祖母の仮面のこと
初恋の人の仮面のこと
ベッドの端に縮んでいる仮面のこと
鏡台の地平を沈む仮面の笑顔のこと
忘れ仮面の快刀乱麻のこと

遺失物係を蹴倒して
逃げた傘に描かれた男の
靴のサイズのこと

満場一致の高笑いの中
伝言版に貼り出された男の
顎のサイズのこと

それはそれあれはあれ
と告げる駅員のアナウンス

トイレの落書きが一斉に蜂起する
昨夜の新聞が舞う

忘れたい
そんな夜のこと



 象 駅


眠っている

(終電車は行ってしまった)

ほくろの奥で
巨体を横たえて
ゆれる蟋蟀の触覚に
皺くちゃの唇を寄せている
軋む骨ども

(眠っている)

誰の声もとどかない
深いところに
彼はいるのだ

しゃぼん玉のように
かれの記憶はもろく
はじけ

石の静けさに
立ち留まる死体の
群れ

そのポケットに
笑顔で
人生は滑り込んで
くる
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いのちの宿題 [詩]

いのちの宿題   高平 九

今日という日に宿題がないと
何かが僕からもれていく音が聞こえる
そんな時、僕は目を閉じて好きなものたちのことを思う
でも、小さな部屋の隙間を音はもれて出ていくのだ

舞台の上で安い演技を転がしているときにも
しっかりとそれはもれていく
若い人たちの前で経験のたたき売りをしているときにだって
それは静かにもれている

幾度もこころの蛇口をひねり
過去の偉人の受け売りを唱えても
その滴りを止めることはできない

やがてさいごのときは何気なくぶらさがり
どんな執着にも懇願にも容赦なく
深淵の中にそれは消え……

ポケット [詩]

ポケット    高平 九

生まれた日 ぼくのポケットに 入っていたのは
名前という ちちとははの 愛にくるまれた甘いキャンディだけ

それからの ぼくは 煙草臭い大人たちの ごつごつした手から
何かをもらっては ポケットにつっこんだ

「努力が大切よ」「才能も大切だ」「生き抜く術はね」「怠ける術はさ」
「愛するには」「愛されるには」「裏切る方法」「裏切られ方」
「こんな風に泣く」「こんな風に泣かせる」
「人生一度きり思い切り目立たなきゃソン」
「目立たないものに実はすっごく価値があったりする」
「お金はないよりあった方がいい」
「お金の量は災難の量に比例するんだよ」

ぼくのポケットは ふくれふくれて
いっぱいになり ある日
小さな手が わたしに向かって突き出されて
ちょうだいをする (ちょうだいをする)

わたしの ごつごつした手が ポケットの中身を配るたび
わたしの 人生は 一枚一枚ページを閉じながら 豊かに響く

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家族 [詩]

家族     高平  九

彼はゴミを 捨てた
彼は道路を 汚した
彼は町を汚した
彼は県を汚した
彼は国を汚した
彼はアジアを汚し
地球を汚し
自分を汚し
子どもの未来を汚した。
彼のとなりで
彼の息子が彼のマネをした。

彼女はゴミを拾った
彼が汚した道路から
それはうつくしい仕草で。
彼女は町を救った
彼女は国を救った
彼女は地球を救い
宇宙と子どもの未来と
そして自分を
取り戻した。
彼と彼女の間で
息子がふしぎそうに
二人を見上げたあとで
彼は大きくうなずいた。