SSブログ

ちよだ文学賞の表彰式 [小説]

10月24日(土)に千代田区が主催する「第15回ちよだ文学賞」の表彰式に行ってきました。


20201027_115356.jpg
20201024_124300.jpg

拙作『桜田濠の鯉』がいただいたのは、大賞ではなく「千代田賞」です。「区の文化的、歴史的魅力をアピールした作品」に授与される賞だそうです。
大賞には絡めなかったようですが、それでも表彰式に呼んでいただき、作品集にも掲載されたので満足しています。
式は1時30分からでしたが、リハーサルを行うために12時45分集合でした。会場は九段下駅前の九段生涯学習館でした。
フェイスシールドやアクリルパネルを使い、万全の感染症対策のなかで式は行われました。緊張しましたけど、思い出に残る素晴らしい経験ができました。関係者の皆様ありがとうございました。

↓ 表彰式の画像は千代田区ツイート10月24日の記事をご覧ください。
https://twitter.com/chiyoda_city

大賞を受賞された中山夏樹さんはとても気さくな方でした。学生の頃は演劇サークルで役者をやったり脚本を書いたりしていたそうです。小説は定年退職後に始められたとか。まだ、5年のキャリアと聞きましたが、大賞の『異国の古書店』も素晴らしい作品です。最初の投票から選考委員の3人が同じ作品を選んだのは初めてだと先生方も高く評価なさっていました。

ちよだ作品集.jpg

第15回作品集は、区政情報コーナー(区役所2階)・三省堂書店神保町本店(神田神保町1-1)・東京堂書店神田本店(神田神保町1-17)等で販売しています。定価は500円です。

(情報)12月3日~5日に中山さん作・演出の『サイゴン陥落の日~約束は果たされるのか~』がせんがわ劇場で上演されるそうです。

↓ 『サイゴン陥落の日』(中山夏樹)原作(Kindle版)もちろん単行本もあります。

サイゴン陥落の日に

サイゴン陥落の日に

  • 作者: 中山 夏樹
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2018/10/03
  • メディア: Kindle版

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

千代田賞(ちよだ文学賞)をいただきました! [小説]

な、なんと拙作『桜田濠の鯉』第15回ちよだ文学賞の千代田賞に選ばれました。

大賞は中山夏樹さんの『異国の古書店』という作品です。おめでとうございます。

私がいただいた千代田賞は「区の持つ文化的、歴史的魅力をアピールする作品に授与される」賞です。選んでいただいて光栄です。感謝しております。

書く作業というのは孤独なものです。どんなに心血を注いで書き上げた作品も誰にも読んでもらえなければ、この世に存在しなかったも同然です。自分の作品が誰かの心に届いて賞に選んでくださった。それだけでも書いた苦労が報われました。ありがたいことです。

ここだけの話、実はこの作品4月30日付け記事に「書き上げました!(文学賞応募のバタバタ)」と書いたものです。前日まで書き上がっていなくて徹夜で仕上げて締め切りギリギリの時間に郵便局に持って行きました。ろくに推敲もしていない上に宛名まで間違えて送ってしまいました。2度とこういうことがないようにと反省した作品だったのに、そういう作品が選ばれるとは分からないものですね。

拙作も大賞受賞作品、最終候補作品とともに作品集に掲載されるとのこと。作品集は10月26日(月)から千代田区役所2階の区政情報センター、三省堂書店神保町本店、東京堂書店神田本店などにおいて、定価500円で販売されるそうです。
nice!(0)  コメント(1) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

初選評いただきました。 [小説]

ある文学賞で二次選考まで進み、初めて選評をいただきました。

観点別にABCの評価をしてくれていました。
独創性と文章は高い評価をいただきましたが、どうも構成力が弱いようです。

また文章での選評も丁寧に書いてくださっていて勉強になりました。

とにかく初めて選評をいただきましたのでとても嬉しかったです。指摘を無駄にしないように書き続けようと思います。
nice!(0)  コメント(1) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

『山田組文芸部誌』第4号出来ました。 [小説]

同人誌『山田組文芸部誌』の4号が出来ました。
まだ紙版はありませんが、こちらでお読みいただけます。↓

https://novela.at.webry.info/

160049234801925505156.jpg

今号のテーマは「」です。

目 次

「これはすべて恋のお話です」 千秋明帆
「渚を舞う蝶」        三角重雄
「玩具のパトカー」      高平 九

3号の発刊から7ヶ月が経ちました。
今回は残念ながら高校生2人は不参加ということで3作品だけの号になりました。コロナによる非常事態宣言などもあり、この間同人の会合もできませんでした。私もいつものことながら作品がなかなか出来ずに編集の三角さんに迷惑をかけました。それでも何とか発刊出来たのは待ち続けてくれた三角さんのお陰です。千秋さんも忙しい中、作品を書いてくれてありがとうございました。

こんな時代ですが、とにかく文芸の小さな灯をともし続けましょう。

P.S.私(高平)の小説はいつも暗いんですよねえ。芝居の脚本は喜劇ばかりなんだけど。なんでかなあ……。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

9月の文学賞応募状況です。 [小説]

8月は存分に書いたので心の中には何も残っていない感じでした。しばらくはプロの作家の作品を読んだり映画を観たりして過ごしていましたが、冷蔵庫の残り物で料理を作るみたいに、心の中の残り物でも何か作れるんじゃないかなと大それたことを考えつきました。もちろん小説も料理もそんな達人ではないんですけど……。

そこで、
ミステリーの文学賞に旧作を直して応募しました。枚数は400字詰め原稿用紙に換算して340枚の作品です
また、これも旧作を手直してある文学賞に応募しました。こちらはホラーで328枚。

いずれもすでに他の文学賞を落ちている作品です。一度客に出してまずいと言われたレシピをちょっと変えて他の客に出す感じ。時間をかけて育てたわが子を一回の就職試験に失敗しただけで諦めたくないのと同じです。誰かこの子の良さを分かってくださいって気持ちですかね。未練ですよねえ。

新作は短篇ミステリーを書いて応募しました。45枚です。
さらに10枚程度のショートショートを2作、他の賞に応募しました。

ショートショートは子供の頃から好きでした。特にフレドリック・ブラウンが好きで、ホラータッチのショートショートを自分でも書いてみたりしていました。でもなかなか難しいですね。着想も平凡だし、話の進め方もけして上手ではないと自覚しています。デザート作りに似てますかね。デザートは材料そのものの質も大事だけど、分量やちょっとした手順をレシピ通りにしないと全く別の物になってしまう。ショートショートもはじめにしっかりしたプロットを作ってその通りに展開しないと全然面白くない。

でも、苦手なことに挑戦すると思わぬ拾い物があります。だから恋愛物にもショートショートにもこれからもできるだけ挑戦しようと思っています。もちろん料理にも。さあ、鯛の塩焼き作るとするか。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:演劇

小説 『死神と老女』(4644字) [小説]

小説 死神と老女

 病室の窓から見えるのは倉庫の屋根と高圧線の鉄塔ばかりだった。高圧線の彼方から人の声がした。
「海の見える部屋で終わりたかったなあ」
 良子は心の奥でそう呟いた。でも、仕方ない。一人息子の俊太郎は市役所に勤めるしがない公務員だ。それに大学生の子どもが2人いる。今までだって毎月の仕送りや訪問看護の費用などで無理をさせている。これ以上は分不相応だ。そんなことは分かってる。でも……。
「海が見えればいいのに」
 ふた月前に救急車で運ばれて以来、昼間はいつも同じ言葉が胸の奥から湧いてくる。
 10年前、良子と夫は住み慣れた焼津から武蔵小金井にある良子の母親のアパートに越して来た。周囲には母親の介護のためと説明していたが、実は家業の電器店の経営が手に負えなくなったからだった。母親はその年99歳で亡くなった。夫が認知症を発症したのはその2年後だった。
 1歳若い夫は「お母ちゃんが待ってるから帰る」と言って深夜に部屋を出て行くようになった。もちろん最初のうちは止めていた。だが力の強い夫を抑えることはできなかった。名札を持たせているので、きまって朝になると警察官に保護されて戻ってくる。そして夜に暴れたことなどすっかり忘れて警察官に愛想を言ったりしている。やがて認知症が悪化した夫は入院し、そのまま老人施設に移った。良子は毎日バスで1時間かけて夫に会いに行った。良子が誰かも分からないくせに、差し入れの甘い物にだけは反応する夫が良子は憎らしかった。5年前、臨終の際に夫は急に「アジャラカ……」と呟いた。良子が「えっ。何ですか?」と言うと夫はにっこり笑って目を閉じた。悲しくはなかった。やっと夫から解放されたと良子は感じていた。
 今、良子は両手をベッドの金属の手すりに紐で縛りつけられていた。ベッドに拘束されたまま亡くなった夫の気持ちが少し分かった。
「こうしないと酸素マスクや点滴のチューブを外してしまうから仕方ないの、ごめんなさいね」
 良子がグズると担当の女医はそう言って額を撫でてくれる。それは嬉しい。でも、そうされると母親を思い出す。小金井のアパートに帰りたいと思う。もちろん、そこに母はもういない。それは分かっている。
「おふくろ」
 俊太郎の声がした。窓を向いていた頭をゆっくりと反対に向ける。自然に顔がほころんでしまう。
「こんにちは。お母さん」
 嫁の美佐子さん。孫の雄太と玲香も一緒だ。
「お祖母ちゃん。具合どう?」
 雄太は大学3年。子どもの頃からテニスばかりやっているので顔はいつも真っ黒だ。気が弱いのでなかなか試合に勝てないという。確かにいつも何かに負けたような落ち着かない目をしている。顔つきも性格も父親の俊太郎にだんだん似てきた。
「ねえ。お祖母ちゃん。あれ、出た?」
 玲香は大学1年生。色白で整った顔立ちをしている。若い時の良子に少しだけ似ている。まだ大人の女とは呼べないけど、今に男達が群がるようになるだろう。
「出たよ……昨日も」
「えーっ、やっぱり」
 玲香がベッドの手すりから白いワンピースに包まれた身体を乗り出して良子の顔を覗き込んだ。大きな明るい瞳に薄ぼけた良子の顔が映る。思わず目を背けた。
「ねえ。お祖母ちゃん。夜な夜なやって来る恋人達の話、聞かせてよ。イケメンばかりなんでしょ」
「うん……」
「やめろよ。87の婆の恋バナなんて聞きたくもねえよ」
 俊太郎が窓辺のイスにだらしなく腰掛けて外を見ながら言った。また少し太っただろうか。だんだん死んだお父さんに似てきた。あの人はあたしに群がった男達の中では冴えない方だったけれど、とにかく人を飽きさせない人だったな。それと比べるとこの子は真面目なだけで面白くない。
「パパひどォい」
 玲香がほっぺを膨らませて怒っている。
「お母さん。話してください」
「俺も聞きたいな」
 美佐子や雄太までが言い出すと俊太郎は不機嫌そうなため息を吐いて開いたままのドアに向かった。
「あなた……」と美佐子が声をかけた。俊太郎は背を向けたまま暗い声で、
「何か飲んでくる」と言い捨てて部屋を出て行ってしまった。
 俊太郎は良子に優しかった。でも、その仮面はささいなことで剥がれて、ときおり苛立ちを露わにした。何を怒っているのだろう。人生のどこかであたしは俊太郎に何かひどいことを言ったかもしれない。良子はそのことをずっと気にしながらも、問い質すことも自分の記憶を探ることもしないでいた。今となってはどんな記憶も取り出しようがないし、俊太郎が自ら良子にその理由を告げることもけしてないだろう。
「それで、昨夜はどんな人だった」
 玲香の好奇心がさらに深く良子を覗き込んでいた。
「昨夜はね……」
 鼻と口を覆った酸素マスクが声をよどませた。良子は顔の筋肉を動かしてマスクを外そうとした。
「ダメダメ。お祖母ちゃん。これ外したら苦しくなっちゃうよ」
 玲香の白い手がたどたどしく酸素マスクを元の位置に戻した。
「……そう?」
「そうだよ。それで……」
「……園部さん」
「誰? そのべって」
「家に、来た……結婚の……約束」
「えーっ、フィアンセがいたの?」
「うん……」
「お母さん知ってた?」
「ううん。初めて聞いた」
「びっくりだぜ」
 この数週間、夜になると昔の男達が良子の部屋を訪れた。予科練に行き特攻隊員として散った幼馴染み。伯父の家の書生だったあの人も南方に出征して帰らなかった。防空壕で良子への思慕を告げた脚の不自由な彼。無理矢理ジープに乗せられてGI達に犯されたとき、一人だけ何度も「ソーリー」と言ってチョコレートをくれた若いアメリカ兵。南方から復員した親友のお兄さん。良子が学生芝居でヒロインを演じたときの相手役。女学校を卒業してすぐに勤めた大手建設会社の同僚。銀座の百貨店にいたときの婦人服売り場の上司。ダンスホールで知り合った名も知らぬ男などなど。夫以外の男達はみんな一度ずつ良子を訪ねてきた。そして昨夜はとうとう園部が来た。
「良子さん。久しぶり」
 園部はかつての快活な気性のままに良子のベッドの脇に立った。ほんとうに久しぶり。良子は心の中で言った。男達と話すときは声を使わずとも心の中で話すだけでいい。心の中での良子は饒舌だった。なかなか来てくださらないから忘れられたのかと思ったわ。そうそう、本当はね。20年ほど前に一度お見かけしたんですよ。電車の中で。
「そうかい。なら声をかけてくれればよかったのに」
 あたしはすぐに気が付いたんですよ。あっ園部さんだって。でも、あなたは連れの方と話すのに夢中でなかなか目の前にいるあたしに気付いてくださらなかった。そのうちに座席を立って電車を降りてしまった。悲しかったわ。
「そりゃあ悪かったね。でもいいだろう。こうやって君を探し出したんだから」
 園部は手すりに縛り付けられた良子の手を両手に包むとそっと口づけした。昔と同じ爽やかなコロンの匂いがした。
 ねえ。あなたと結婚してたら、あたしもっと幸せになれたかしら。
「そんなこと考えても空しいだけだよ。人生は一度きり。それ以外はすべて幻に過ぎない」
 そうか。良子はそのときに気付いた。あたしはこの生真面目な園部より、ひたすら自分を楽しませてくれる夫を選んだんだ。
「……あなたも……恋、なさいね」
 良子は玲香にそう言うと精一杯の力で笑いかけた。
「うん、わかった。いっぱいいっぱい恋するね」
「やくそく……」
「うん。約束」
 玲香は良子の小指に自分の指を絡ませてゆび切りげんまんを歌った。玲香の大きな目が涙で揺れていた。

 目を瞑って眠ったふりをすると、家族は黙って帰って行った。もう二度と会えないだろうと良子は思った。
 力をふりしぼって窓の方に首を回した。
 ああ。やっぱり海が見たかったなあ。
 そのとき夏の空がすいと翳り、ふいに黄昏になる。ありふれた黄昏。でも美しい。なぜか笑いが込み上げてきた。あたしこんな時に笑ってる。バカみたい。
 誰かが部屋に入ってくる気配がした。もう首をめぐらす力も残っていない。
「良子さん」
 男の低く優しい声が名を呼んだ。聞き覚えのない声だ。
「もう逢いたい人はいませんね。そろそろいいですか」
 そうか。あなたが男達を呼んでくれたのね。ねえ。最後に俊太郎を呼んでくださらない。ひとつ聞いておきたいことがあるの。あたし、あの子を傷つけるようなことを言ったみたいなんです。やっぱりそれを聞いてひと言詫びないと。
「残念ですが、それは出来ません」
 そんな。さっきまでここにいたんですよ。携帯電話で呼び戻してくださいよ。番号が分からなければ荷物の中にある電話を使ってくださいな。
「それは無理です」
 なんでそんな意地悪を言うのよ。そうか。バッテリーが切れてるのね。それなら充電器も一緒に入れてあります。それで……。 
「いえ。そういうことでは……。実は、さっきのご家族はあなたの妄想なのです」
 何をおっしゃってるの? 家族が妄想ですって。俊太郎も嫁の美佐子さん、それに孫の雄太と玲香も。そんなことあるはずない。まだ小指には玲香と指切りした感触がくっきりと残っているもの。
「俊太郎さんとご家族はあなたが入院してから一度も見舞いに来ていません。もちろん入院費は払ってくれているし、どなたも幸せに暮らしています。あなたはいつも言っていたでしょう。子どもには子どもの生活がある。それを第一に考えてね。それがあたしの幸せなんだから、と」
 だって、それは本音じゃない。
「分かっています。しかし、そう言ってくださったお陰で俊太郎さん達は幸せに暮らしているのです。大丈夫。たとえあなたに傷つけられたことがあったとしても、そんな傷、あなたがいなくなれば俊太郎さんの中からすっかり消えてしまいますよ」
 ほんとにそれでいいの?
「それでいいのです」
 ねえ、あなたは誰?
「僕ですか? あなたの恋人の1人……と言いたいところですが、もうお分かりでしょう?」
 ええ。うちの人はあなたが出て来る落語が大好きだったわ。ねえ。アジャラカモクレン、コロナウィルス、テケレッツノ、パと唱えて、ポンポンと2つ手を叩いたら、本当にいなくなる?
「意地悪言わないでください。ルールですからあなたのそばは離れますけど、その代わりあなたのご家族に取り憑くことになりますよ。それでもいいんですか?」
 あら。それは困るわ。仕方ないわね。このまま行きますよ。
「海はありませんけど、綺麗な黄昏じゃないですか。あの太陽が沈むとあなたの寿命も消えるんですよ」
 窓の外は黄昏が支配していた。見えるのはやはり倉庫の屋根と高圧線の鉄塔ばかりだった。
 良子はそのとき「ああそうか」と合点した。夫があのとき「アジャラカ」と言いかけて止めたのは、あたしにとばっちりが来ないようにと思ったからだったんだ。そうかそうか。あの人あたしのことを……。良子の目尻から涙がこぼれた。たまらなく夫に逢いたい。それにしても、死神だって神様の端くれなんだから、最後に海くらい見せてくれてもいいのに。ホント気が利かないんだから。
 良子がそう思った刹那、暮れなずんでいた夕日がふいに沈んだ。良子の傍らで死神が優しく呟いた。
「ほら、消えた」                        了

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

小説 『バス』(3655字) [小説]

小説 『バス』

 小さな影が羽音とともによぎった。泉水みさきは思わず空を仰いだ。気温はまだ低いが空は晴れ渡っていた。それを見つけたみさきは慌てて顔を俯けた。
「ママ。ヘリトプター」
 2歳くらいだろうか、女の子がベンチの上で足をぶらつかせながら傍らの母親に言った。黄色い帽子が可愛い。
「そうね。パパが乗ってるのかもね」
「行ったった」
「行っちゃったね」
「また来ゆ」
「うん。また来るよ、きっと」
 機械的な羽音が消えたのを確信してから、みさきはゆっくりと空を見上げた。ドローンの姿はもうどこにもなかった。
 ローカル線の無人駅ではみさきを含めて4人の客が降りた。切符の回収箱の脇に立っていた車掌は驚いた顔をした。きっと一度に4人が降車するなど珍しいことなのだ。駅舎の前のバスターミナルには錆びたベンチが一台あるだけで他には何もなかった。ただ早春の日射しがゆっくりと雑草の生えた空き地を温めていた。
 母子連れとみさきはベンチに腰掛け、サングラスの女は1人離れて、駅舎の日陰で野良猫の写真を撮っていた。
「ドローンの意味を知ってるか? ハチの羽音のことなんだぞ」
 3年前の夜、須藤雅彦が言った。雅彦はそういう雑学が得意でよく同僚たちに吹聴した。高校中退のみさきは教養についてコンプレックスがあったせいか、いつの間にか雅彦に恋をしていた。
 ここから山をいくつか隔てたところにある鄙びた温泉地で、2人は神社の祠の床下に穴を掘っていた。2億円の現金が入ったバッグを埋めるためだ。
「あたしたちを監視してたんじゃないよね」
 夕方、金を埋める場所を物色していた2人の上をドローンが何度か通ったのをみさきは気にした。
「バーカ。そんな訳ないだろ。ドローンてのは飛行場の近くとか人口密集地じゃ飛ばせないからよ、それで暇な連中がこんな田舎で遊んでんだよ。第一よ、俺たちが2億円を持ってるのを誰が知ってるって言うんだ。クッソー、蜘蛛の巣だ」
 スコップで掘った土からは湿った匂いがした。金が入ったバッグを胸に抱えながら、それはきっと罪の臭いだと思った。みさきが向けていた懐中電灯の明かりが雅彦の手元からずれた。
「ちゃんと照らせよ、バカ。何びびってんだ。大丈夫だって。課長が死んじまったからよ、横領の総額がいくらなんて気にする奴はいねえよ」
 雅彦とみさきは上司である経理課長の軽部が会社の金を横領しているのを知っていた。軽部は毎年正月休みにマカオのカジノで遊ぶことを唯一の生き甲斐にしていた。その資金として政治家への賄賂を少しずつ抜いていた。小さな綻びが大きな穴になるのにそれほどの時はいらない。着服した金の総額は10億円に達していたはずだ。小心な軽部は賄賂の着服が発覚することをひどく畏れた。気付いた雅彦は次第に憔悴する軽部の様子を計りながら、2億円の横領をみさきに持ちかけたのだ。みさきは雅彦の指示したとおり、軽部が会社の金も横領したようにみせかけて2億円の金を手に入れた。軽部の自死によって上層部はやっと横領にも気付いた。だが、その金が賄賂の一部であることを隠蔽することに必死で、みさきが軽部のせいにした横領のことまでは気にしなかった。
「いいか。これから俺たちは赤の他人だ。5年経ったらここに来て金を掘り出し東南アジアでマネロンしてよ。後は贅沢に生きようぜ」
 そう約束をして別れたきり3年間一度も雅彦とは会っていないし、連絡もとっていない。彼は今でもみさきが自分に恋していると自惚れているに違いない。
「ねえ、ママ。おばばのうちにパパ来ゆ?」
 幼子の声がみさきの中の雅彦の声をかき消した。
「そうね。マミに会いに来るよ、絶対に」
 母親の声がかすれた。みさきと目が合うとまだ30歳になるかならないかの母親は軽く会釈をしながら目尻を指で拭った。
 どんな馬鹿でもこの母子がどういう状況かは分かった。最近、夫であり父親である人を亡くして、田舎の親を頼ろうとしているのだろう。
 みさきは3年前に雅彦の子を宿していた。だが結局言えなかった。また馬鹿呼ばわりされるに決まってる。あの子を産んでいたらちょうどこの子くらいになっていたはずだ。下腹部が疼いた。居たたまれなくなったみさきはベンチを立って駅舎の自動販売機の方に歩いて行った。
「ねえ。やっぱり分かった?」
 自販機の前で飲み物を選んでいるみさきにサングラスの女が声をかけた。
「さっきのドローン見たでしょ。あれってあたしのこと探してるんだと思うの。それにしてもマスコミってしつこいよね。完全に巻いたと思ってたのに……あんた、まさかマスコミの人?」
 みさきがかぶりをふると、
「そうよね。どう見てもただのベテランOLさんって感じ。ねえ、あたしのこと知ってるよね」
 女の細い指が大きなサングラスを下げた。若手女優の橘ルイ。列車のなかで暇潰しに読んだ写真週刊誌に妻帯者の中堅男優と沖縄のビーチで戯れる写真が掲載されていた。
「何飲む。御馳走する」
 ルイはそう言って千円札を自販機に入れた。
「彼がね。妻とは別れるから今後のことを相談しようって。それにしてもこんな田舎で逢わなくてもねえ。サスペンスドラマならあたし間違いなく彼に殺されるパターン」
 ルイはそう言って笑った。日陰は冷えるからだろう。熱い缶コーヒーで両手を温めていた。みさきは炭酸飲料を飲みながらルイを追いかけて温泉地にもマスコミが押し掛けて来たら困るなと考えていた。
 雅彦への恋心などとっくに覚めている。それでも3年我慢した。だがもう限界だった。ネット社会は便利だ。馬鹿なあたしでもネット検索すればマネーロンダリングのやり方も、国外に大金を持ち出す方法も分かった。2億円ぼっちでは一生安楽とはいかないけど、しばらくは海外で気楽に生活できる。それに2年後にあたしが金を持ち逃げしたと分かっても、雅彦はけして騒ぎ立てることなどできない。
「いい。万一、あたしが殺されちゃったら、あなた警察にちゃんと言ってよね」
 ルイがみさきの目を覗きこむようにして言った。みさきはうんと頷いたが、もちろんそんな証言などする気はない。缶ジュース1本で証言しろですって。みさきはルイの甘い考えに呆れた。
 バスが上り坂をよいしょとばかりに越えてターミナルに入ってきた。乗客は4人だけだった。
 橘ルイは指定席にでも着くように最後部の座席を独り占めしながら、半ば彼が「妻と別れるから結婚してくれ」と懇願する甘い未来を想像し、また半ばは彼が邪魔な自分を殺してこの山中に埋めるという残酷な未来を想像していた。そして、どちらにしても自分がヒロインとして輝く2つの魅力的なストーリーにうっとりした。
 みさきはバスの中ほどの一人がけの席に座った。
 通路を挟んだ反対側では女の子が靴を脱ぎ座席に膝をついて窓の外を見ていた。その後ろで我が子を見守る母親。彼女は実家の母がどんな顔で娘と孫を迎えるのかを考えていた。やがてはこの子も、かつて自分がしたように、こんな田舎に連れて来た母親を憎んで家を出て行くにちがいない。でも、この子を育てるには実家を頼るしかない。なんで死んだのよ。最後は決まって亡き夫への思慕と憎悪が綯い交ぜになった。
 バスは山道を峠に向かって蛇行して進んだ。みさきの側の窓には崖が迫っていて、時折伸びた雑草が窓ガラスを打った。反対側の窓からは深い谷を隔てた山々にいくつもの白やピンクの山桜が見えた。
 みさきは温泉地の村に着いてからのことを考えた。まずは今夜、宿を抜け出して祠の床下の金を掘り起こす。そして明日になったら掘り起こした金を郵便局と宿の宅配便、それから手持ちのボストンバッグの3つに分けて送る。一時的に金を保管するために専用のアパートを借りてあった。そこを拠点にして、前もって現地に赴いて契約した海外の銀行口座に少しずつ送金する手筈だ。みさきは明るい未来を想像して微笑んだ。
「ヘリトプター!」
 という子どもの声がして、みさきは反射的に顔を伏せた。おそらくルイも後部座席でその美しい顔を背けているに違いない。
「可愛いヘリコプターだね」
 窓の外を盗み見ると、白と黒にカラーリングされたドローンがバスに並走して飛んでいた。黒い目玉のようなカメラがはっきり見えた。バスの中に視線を戻そうとしたとき、いきなりの衝撃が襲った。危うく椅子から落ちそうになるのを何とか椅子の手すりにしがみついて堪えた。
 ルイの黒いハイヒールが固い音を立てて転がってきた。子供を抱き締めた母親の顔が何かを見つめて恐怖に歪んだ。みさきは母親の視線の先に目をやった。バス会社の広告の向こうで運転手の頭が左に大きく傾いでいた。その帽子が落ちたと思った瞬間、新たな衝撃が来た。みさきの体が宙に浮いて後は混乱が支配した。
 ガードレールを紙のように裂いてバスは谷底に転がり落ちた。凄まじい音がしたが深い谷に吸い込まれて誰の耳にも届かなかった。ただ、ドローンの黒い目玉が冷たくバスの行方を追っていた。

                                        了
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

またまた文学賞に落選しました。 [小説]

とある文芸新人賞に落選しました。
なんと今回は2575篇の応募があったそうです。一次選考に通ったのはそのうち108篇、同時に二次選考の結果も発表されていて、二次通過は32篇でした。今回は一次選考も通過できませんでした。

それにしても2575篇はすごい数ですね。それだけの人が作家を志して渾身の作品を応募していると考えると受賞はまだまだ遠い夢です。

とにかく書くしかありませんね。

nice!(0)  コメント(0) 

またまた文学賞に応募しました。 [小説]

8月は豊作でした。
先日231枚(四百字詰め原稿用紙換算)の歴史小説を応募したことを書きましたが、その後中旬に361枚の青春小説、下旬には334枚のホラー小説を書いて応募しました。いずれも書きさしだったとはいえ、最後まで書き上げることができてホッとしました。

その間に同人誌「山田組文芸誌」の小品と短篇の推理小説を一篇書きましたから、我ながら8月はよく書いたと思います。

世の中には小説を書きたい人がたくさんいます。殊に波乱に富んだ人生だった方は自分の経験をそのまま書けばベストセラー間違いなしと思っているでしょう。でも、実際には小説の一行目を書く人はとても少ない。さらにその中で最後まで書き切ることができる人はごくわずかだと思います。小説を書きたいと思った人のいったい何人の人が一行目を書き始め、そのうち何人が結末まで書き切ることができたか。一度公募ガイドさんに調査してほしいですね

小説を完結するにあたっての最大の敵は「駄作かもしれない」という迷いです。私も20代30代の時にはなかなか最後まで書き切れませんでした。当時は自分の力を過信していたきらいがありましたから、完結することで才能の不足が明白になることが怖かったのだと思います。まさに『山月記』の李徴でした(笑)

数年前にはじめて私の戯曲が劇団の定期公演に採用されました。上演後の打ち上げも終わり、演劇の師である西田了先生がタクシーでお帰りになるのを見送ったときのことです。先生は突然タクシーの窓を開けると私に向かって「覚えておきなさい。いつも傑作というわけにはいかないよ」とおっしゃいました。そのときは先生の言葉の真意がよく分かりませんでしたが、今思うと劇作の苦労をよく知っている先生が私の先々の迷いに対して助言をくださったのだと思います。駄作にめげず書き続けなさいと励ましてくださったのです。

小説の応募を再開してもまだ2年半ですけど賞の壁が高く厚いことを実感しています。先ほど小説を最後まで書いた人は少ないと書きましたが、逆に言うと書き切った人たちはそれなりの猛者ぞろいです。迷いを振り切って覚悟を持って書いている人の中から選ばれるのは並大抵のことではありません。時々、誰にも読まれない小説を書いてどうするんだろうという不安に襲われますけど、いつか自分の書いたものが誰かの心に届いてくれることを夢見て今日も書いています。

現在、結果待ちが5本。せめて最終選考に残りたいものです。ちなみに今は以前書いた脚本をある賞に応募するためにミュージカルに直しています。また、それと並行して10月締め切りの時代小説の資料を勉強しているところです。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

小説を書いて新人賞に応募しました。 [小説]

またまた某新人賞に応募しました。
今回の作品は、四百字詰め原稿用紙231枚の歴史小説です。

なかなか最終選考に残れないのですが、とにかく駄作を書き続けるしかありません。そのうち運が良ければ傑作に会えるかもしれません。
若いときには『山月記』の李徴のように、自分に才能があることを信じるあまり、かえって作品にすべてをさらけ出すことができませんでした。全力を出して否定されることが怖かったのです。作品を否定されるというのは、自分の存在自体を否定されるのと同じですから、そこから逃げ出してしまった。まさに「臆病な自尊心」でした。今思うとその怖さに負けずに打ち克つことこそが才能だったんですね。
でも、この歳になると才能のことなど気にせず、作品に今の自分のすべてを注ぎ込むことができます。「臆病」も「羞恥心」もかなぐり捨てて、「尊大な自尊心」で突き進むことが可能です。いつガス欠になるか分かりませんけど、今は書けることだけでも幸せです。

現在、前回書いたホラー小説を含めて3本の小説が選考待ちです。また来月(9月)は昨年同じ賞に応募しようと思って間に合わなかった青春小説と、7月にやはり締め切りに間に合わなかったホラー小説を書き上げて応募する予定です。

ある作家が新人賞に応募する作品を書いて奥さんに読ませたところ「これは売れるわよ」と太鼓判を押したそうです。その小説は新人賞どころか、その年の大ベストセラー小説になり映画化もされました。残念ながら妻は私の小説を全く読んでくれませんが、大きな賞を獲ったら読んでくれるんしゃないかと期待しています。妻が感動する小説を書く。これが賞を獲るより大事な裏目標なんです(笑)

nice!(0)  コメント(0)