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童話『穴~キツネとネズミの物語』 [短編]

『穴~キツネとネズミの物語』  高平 九

はしがき
 脚本として書いたものを童話にしてみました。ひとつの寓話として読んでください。

あらすじ
 洞窟の中の穴をはさんでキツネとネズミが出会います。どちらも飢えています。キツネは獲物を得るためにネズミにある提案をするのですが……。

本文
 そのネズミは洞窟の中に住んでいました。
 ある日ネズミは、洞窟の奥にやっと通れるほどの小さな穴を見つけました。洞窟の中は仲間が増えすぎてエサが足りません。虫もコケも食べ尽くしてしまいました。ネズミは穴を通って新世界に行こうと中を覗きました。
 キツネは洞窟の中に住んでいました。
 キツネは洞窟の奥に鼻先がやっと入るぐらいの小さな穴を見つけました。洞窟の中にたくさんいたネズミは彼の家族が全部平らげてしまいました。穴の向こうからはネズミの鳴き声があんなに聞こえています。キツネはたまらず鼻を突っ込んで匂いを嗅ぎました。
「ああ、美味しそうな匂いだ。くんくん」
「うわーっ」ネズミが驚いて叫んだ。
「わーっ」その声にキツネが驚いた。
「……なんだネズミ君か、脅かすなよ」とキツネ。
「お、お前はキツネだな。……僕のお兄ちゃんをさんざん弄んで食べもしなかったキツネだな」とネズミ。
「いやいや、僕はそんなことはしないぞ。ネズミを捕まえたらきちんと残さずいただくよ。それは大方、あの礼儀知らずのネコの仕業だろう。奴らは人間に飼い慣らされて十分にエサをもらっているから、ネズミ君たちを食べる必要がないのさ。ただ、殺すために殺してる。ひどい奴らだ」
「……でも、あなたも僕らを食べるんでしょう」ネズミがおそるおそる尋ねると、
「そりゃ、な」
「ひぇー」と叫んで逃げようとするネズミを、
「ちょっと待てよ。こんな小さな穴は通れないよ。君がこちらにやって来ない限りは安全だよ」とキツネが引き止めました。
「……ほんとに」
「ホラ……鼻がやっとさ」暗い穴の向こう側に大きなキツネの鼻がありました。
「……すっごい鼻だね」
「ははは。キツネをこんなに近くで見られるネズミなんてめったにいやしない。見物(けんぶつ)だろ」
「そ、そうだね。……うわーっ、ずいぶんつり上がった目をしてる。それに、その口……やっぱり、さようなら」
「おい、待てったら。まったく臆病なネズミだなあ。僕もネズミと話すなんてめったにないんだ。今だって腹ペコで……あっ、いや……」
「ぼ、僕を食べたいの?」ネズミは恐ろしさに耐えて尋ねました。
「そりゃあ……な」
「僕だって、はらぺこさ」
「君たちはいったい何を食べるんだい?」
「そりゃあ虫とか苔とか……」
「えっ?虫だって……。虫ならこっちにわんさかいるよ。よくこんな気持ち悪いもの食えるね」キツネの廻りには汚らしい虫たちが飛び回っていました。キツネは身体のあちこちにまとわりつくそいつらが大嫌いでした。
「虫は旨(うま)いよ。特にあの羽虫(はむし)の旨さときたら……」
 キツネの耳にネズミの唾を飲む音が聞こえました。そのときキツネはとてもいいことを思いつきました。
「なあ、ネズミくん。なんならそっちに虫を追い込んでやろうか。ぶんぶんうるさい羽虫もたっぷりとさ」
「そりゃあ、そうしてくれたら……ごっくん……うれしいけど……」
「なら、ほれ」キツネが穴から虫たちを追い込んだので、反対側の穴からたくさんの虫があふれ出てきました。
「うわーっ、こりゃすごい……モグモグモグ」
「どうだい旨いかい?」ネズミは食べることに夢中でキツネの恐ろしさも忘れていました。
「ところで、ネズミくん……食事中悪いけどさ。少し僕の話を聞いておくれよ」
「なんだい……話って……ゲップ」
「なんなら、これから毎日、そっちに虫を送ってやってもいいんだよ」
「えっ、本当……ゲップ」
「本当だとも。その代わり……」
「……えっ?」
「その虫を君が独り占めするのはどうだろう。仲間たちにも少しばかり分けてやってもいいんじゃないかい」
「いいのかい?仲間を呼んでも……ゲップ」ネズミは喜びました。仲間のネズミたちはみんな飢えていたからです。
「いいさ。ただ、君の仲間ってすごい数いるんだよね」
「ああ、どんどん増えるからね……ゲップ」
「それじゃあ、こっちにいくら虫がいてもあっという間にたいらげてしまうんじゃない?」
「大丈夫だよ。今日は久しぶりだったから僕も食べ過ぎるぐらい食べてしまったけど、次からは少し我慢してみんなで分け合えばいいんだ」
「そうかな」
「えっ?」
「みんなで食べたら、いつか尽きてしまうって分かり切ってるんだよ。それだったら、今のうちに食べようって、みんなお腹いっぱい食べるんじゃないかな」
「そんなに馬鹿じゃないよ」ネズミはちょっと不快でした。力は及ばないものの、知恵ではキツネに負けないと思っていたからです。
「そうだね。取り越し苦労かもしれないね。でも、そんなに利口ならなんで今、そっちに虫がいないんだろう。少し加減して食べていたら、虫はいなくならなかったのかもしれない」
「そ、それは……」
「やはりネズミの数が多すぎるんじゃないかな。なんなら減らす手伝いをしてやってもいいんだけど……」
「えっ?……それって」
「そうさ。僕たちが手を組めば、穴のそっちもこっちも幸せになれるんだ」
「それは……できないよ」
「おいおい、さんざん食っておいてそれかよ。難しいことじゃないんだぜ。虫がいるぞって言って、君の嫌いな奴を何匹かこの穴に誘い込めばいいんだよ。あとは僕の方でやるからさ。いるだろ、死ねばいいって思ってるネズミの一匹や二匹」
「そんなの……いない」
「嘘つきだな。君は」
「ちがう」
「じゃあ、恩知らずかい」
「それも……ちがう」
「なら、あとは誰かを呼んでくるだけだろ。どうせ、放っておいたら飢えて死んじまうんだ。少しぐらい危険でも腹いっぱい食いたい奴がいる。必ずな。そういう奴に声をかけりゃいいのさ。簡単だろ」
「それだけ。僕の仲間も僕と同じようにたらふく虫を食べられるの?」
「そうさ。そいつらが穴のこっちまで来れば虫は食い放題だ。そうしたら、さっきみたいに君には虫を送り込んでやるよ。誰も損をしない、楽な取り引きさ」
「……わかった」そう答えたネズミは穴のそばを離れました。もちろん仲間に声をかける気はありませんでした。ところが、家族の元に帰る途中で日頃身体の小さな彼を面白半分に噛んだりひっかいたりする乱暴者たちに出くわしてしまいました。
「あれっ? おい、こいつ鼻先に虫の羽をつけてるぜ」
「兄貴、そりゃあ兄貴の好物の羽虫じゃねえですか。おい、こいつどこで虫を見つけやがった。ガブッ」悪いネズミが腕を嚙んできました。
「虫なんて知らないよ。大方どっかで羽が付いたんだ」ネズミは痛みを堪えて言いました。
「クンクン。おい、嘘はいけねなあ。お前の口から虫のいい匂いが漂ってるぜ。腹だってそんなにふくれて……」
「ゲップ……あっ」
「こいつゲップだってよ」
「ここ何日もろくに食ってない俺らの前で。この野郎。どこだ、一体どこでたらふく食ってきやがった。言わねえと、お前の腹を引き裂いて虫をいただくぜ」
 ネズミは仕方なく、さっきの穴のところへと二匹を案内しました。
「そこだよ。そこの穴の向こうにたくさん虫がいる」
「嘘じゃねえだろうな」
「兄貴、この穴の周りにたくさん羽虫の羽が落ちてやすぜ」
「よし、そんならまずお前が入れ」
 兄貴分のネズミが言いました。
「えっ?僕?」
「そうだ。さっき入ったんだろう?」
「……うん」
「なら、もういっぺん入ってみせろ」
「兄貴、穴の向こうから旨そうな羽音がしてますぜ。そんな奴放っておいて早く行きましょう」
「まあ待て。さあ、お前が先だ」
 ネズミは仕方なく穴に入りました。二匹のネズミは少し間を取ってついてきます。穴を抜けると、さっきのキツネが壁にピタリと身体を寄せて待ち伏せしていました。耳まで裂けた口には白く鋭い牙がずらり並んでいます。キツネの目は糸のように細められていました。笑っているのです。ネズミはいきなり前方に走りました。二匹のネズミもつられるように走って虫の中に突進しました。二匹が虫に夢中になっているのを横目で見て、ネズミはきびすを返し穴に逃れました。
「あーっ!」
 ネズミたちの絶望の鳴き声。ガツガツという、キツネが獲物を骨ごと噛んで味わう音。
 ネズミはたまらず目をつむり、大きな耳を前足で覆いましたが、音は敏感すぎる聴覚を刺激し続けました。……しばらくすると、音がたくさんの羽音に変わりました。目を開けたネズミのまわりはおいしそうな羽虫で埋まっていました。
「へへへ。ありがとうよ。やせっぽちのネズミたちだったけど、とりあえずひとごこちついたぜ。お前も好きなだけ食いな」
「……もう、やだ。こんなことしたくない」
「傷ついたか。悪かったな。飢えるとついつい悪いことを考えちまう。今は俺も反省してるよ。お詫びと言っちゃなんだが、お前の家族とか友達を呼んで、その羽虫で宴会でもやれや」
 ネズミは二度とこの場所には来るまいと思いました。壁や地面に自分の罪がこびりついているように感じたからです。とりわけ、まだ虫を吐き続けている穴は、今キツネに食われた二匹のネズミの死が色濃く匂っているようでした。
 やっと家族の元に戻ったネズミは、彼らが思いのほか弱っていることに驚きました。彼が姉妹に産ませた子どもたちなどは、萎んだピンクの花びらのように身を横たえて息も絶え絶えの様子です。さっきまでは自分も同じように飢えていたのでこの恐ろしい状況に気づかなかったのでしょうか。ネズミは思わず自分の腹の出っ張りを見せて、
「お腹いっぱい食べさせてあげる。僕についてきて」と叫んでいました。何も知らない彼の家族は穴の近くにやってきて、存分に虫を食べました。そして、久しぶりに腹いっぱいの虫を食べた彼らは、その場でぐっすり寝込んでしまいました。穴の向こうから不気味な笑い声が聞こえてきました。
「くくく。どうだい。みんな喜んだろう。お前は家族を救ったヒーローだな」
「ちがう。僕は仲間を売ったひどい奴だ」
「いいじゃないか。あの二匹はお前を盾にするような奴らだった。どうせ無理やりここへ案内させたんだろう」
「……そうだけど」
「そんな奴ら食われて当然さ。どうだい。さっきの奴らのような悪いネズミをこの穴に誘い込んで退治するってのは。そっちの洞窟は平和で豊かになる。これ以上ない手段だと思うぜ。これこそ正義だよ。ネズミ君」
「その悪いネズミをあんたが片っ端から……その」
「ごちそうになります。えへへ。心配するなよ。俺の手に余るようなら、俺の家族を呼んで手伝わせるからよ」
「家族……いるんだね」
 ネズミにはこんな残酷なことをするキツネにも家族がいることが信じられませんでした。
「当たり前だろうが。俺だけじゃねえ。あのネコにだって、そのネコを食らう狼にだって家族はいるんだぜ。みんな家族のために必死なのさ。……どうもお前には、必死さが足りないみてえだな」
「そ、そんなことはない。僕だって必死だ。家族が飢えて死ぬのは堪えられない」
「そうだろ。それが生き物の普通の感情だよ。俺の提案の通りにすれば、お前の家族は誰も飢えずに済む。もちろん、俺の家族もね。八方丸く収まるじゃねか」
「あーっ!」ネズミは思わず叫んだ。
「びっくりした。……大丈夫か、ネズミ君」
「もうわからないよ。僕は、僕はどうしたらいいんだ」
「面倒くさい野郎だぜ。考え過ぎなんだよ。本能に従って動けばいいのさ。生き物はみんなそうしてる」
「ねえ、ひとつ聞いていいかい」
「なんだ」
「もし悪いネズミを全部そちらに送ってしまったら……その後はどうなる?」
「そりゃ……大丈夫さ。悪いネズミなんて山ほどいるだろ」
「でも、どこまでが悪いネズミなのかな」
「簡単じゃねえか。お前が悪いと思った奴が悪いネズミなのさ」
「僕が……それじゃまるで」
「そうだよ。お前はあの人間と同じってことさ。人間様が悪いって決めた動物は殺していいんだ。知ってるか。奴らは牛や豚、それに鶏にエサをやって育てるんだぜ。育ててどうすると思う。……食うんだと。なんだそれ、牛も豚も鶏も誰も殺したりしねえ」
「そんな無害な連中を食っちまうんだとよ。どうかしてるぜ。でもよ。奴らはそれができる。力があるからな。お前もそれを持てるってことだ。いい話じゃねえか」
「僕はそんな力はいらない。人間なんかにはならない」
「そうか、そうか。いいよ、もう。黙って家族が飢えて死んで行くのをみてりゃいいさ。でも、覚えておけよ。お前が少しだけ泥水を飲めば、家族は飢えずに幸せになれるんだ。自分が嫌な思いをしたくないからお前は家族をみすみす飢え死にさせる。そのことをくたばる前に思い出すんだぜ」
キツネはそれきり黙りました。でも、穴の向こう側でネズミの答えを待っているに違いありません。それはかすかに聞こえるキツネの息づかいから分かりました。ネズミは迷いました。ネズミは善いネズミでいたかったのです。でも、善いネズミであろうとすると、家族は飢えて死んでしまいます。家族を救おうとすれば、今度は善いネズミであることを捨てなければなりません。
「僕は、僕はいったいどうればいいんだ」
 ネズミは小さな頭を前足で何度も叩きました。その音は洞窟の中に響き渡りました。
 もちろんその音は穴の向こうのキツネの耳にも届きました。

                  おしまい

読んでいただきありがとうございました。感想をコメントとして書いていただけると嬉しいです。

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小説『塀』 [短編]

『塀』 高平 九

隣の家との境に塀ができたのよ。ヘーッ。無視された。妻はワイシャツにアイロンをかけながら、すごく高い塀なのよと言った。カッコイイ。また無視された。

土曜日。五月の空がとても高い午後。私はパジャマ姿のまま、リビングのソファーで新聞を読んでいた。

それでね、うちのベランダに陽が当たらなくなっちゃって。ほら。
妻がアイロン掛けの途中のワイシャツを私の鼻先に押し付けた。なるほど少し臭うかもしれない。

とにかく非常識に高い塀なのよ。あなたから隣のご主人に話してくださらない?ゴルフ仲間でしょ。
そういえば、私が25年働いた職場をリストラされて今の職場になってからは、電車の時間も変わったこともあって隣人と会うことがなくなった。それに前の職場から比べれば今のところはあまりに零細だった。小さな会社である分、働きがいもあったし人間関係も悪くない。でも、この町で暮らすには不釣り合いだった。そんなこんなで、大企業の部長に出世したばかりの隣人とはあまり顔を合わせたくなかった。
 
アイロン掛けを続けている妻の背中を見た。笑いのツボにズレはあるものの、気のいい女だ。結婚して20年私を支えてくれた。1人娘はこの春からフランスの大学に留学している。残念だが、この高級住宅街から出て小さなマンションにでも移るしかない。それともいっそ実家にでも戻るか。

次の土曜日の夕方。リビングのソファーで新聞を読んでいると、妻がまた「塀」の話を蒸し返した。

それがね、まるで塀がうちを囲んでるみたいなのよ。キッチンで味噌汁の具でも切っているのだろう。包丁の音がせわしなく鳴っている。もともと低い塀があった両隣と裏の家は分かるけど、玄関の前の塀はいくらなんでもねえ。

先週のうちに隣との庭の境だけでなく反対側、そして裏の家との境にも高い塀が出来た。そして今朝はとうとう玄関前にも塀が出来たというのだ。そうだなあ。そりゃカーベー(勘弁)だ。また無視かよ。

仕方なく夕飯のあとで玄関前の塀を見に行った。確かに我が家の門の前に白い塀が立ちはだかっている。高さは二階建ての我が家をはるかに越えて、見上げると直線で切り取られた五月の空がこちらを覗きこんでいる。

昨夜帰宅したときにはこんなものはなかった。いつの間にこんなものを作ったのだろう。
実は四方を塀に囲まれたのは私にとって都合がよかった。妻には言いそびれていたが、昨日新しい職場から解雇を言い渡されたばかりだったからだ。これで仕事に行かない口実ができた。それより何より、明日の朝刊は届くのだろうか。

塀を壊すしかないか。口先だけで言ってみる。だめよ。そんなことしたら、お隣さんが怒るわよ。知るかよ。もともとこんな非常識な塀を立てたのがわるいんだ。そうだ……玄関の前の塀なら壊しても文句を言う奴はいないんじゃないか。
だめだめ、家の前に塀を立てたとしたらお国かお役所がやったことでしょう。お隣より厄介だって。
あれ? ハハハ。おい見てみろよ。馬鹿だなあ。塀を高くしすぎて下の方が開いちゃってるぜ。
塀と地面の間が30㎝くらい空いている。アラ、ホント。
明日ここから隣に行って事情を聞いてみるよ。今日行ってくださらないの。
うん? ああ、そうだな。隙間を見下ろした。ここを這って出るのはちょっと面倒だ。明日の朝はやくに行ってくるよ。……そう。
ほっとした。とりあえず朝刊は届きそうだ。

翌朝、家の中に妻がいなかった。風呂の浴槽や冷蔵庫の中まで見た。おーいという自分の声がむなしく響く。最後に玄関に行った。夜はとっくに明けたはずなのに外は真っ暗だった。玄関に戻って門柱の明かりを点けてみる。白い壁が恐ろしい形相で立ちつくしていた。とっくに昨日の隙間はなくなって塀が深く深く地面に食い込んでいた。
塀の内側に今朝の朝刊がつまらなそうに落ちていた。

新しい夫は犬を飼っていた。女は犬の散歩を口実に毎日その箱の様子を見にやって来た。
犬はきまってその箱に向かって吠えた。女はフランスの娘から送られてきた絵はがきを入れてやろうとしたが、その箱にはどこにも隙間がないのであきらめた。
高級住宅街の景観を壊していた大きな四角い箱は次第に小さくなっていった。それにつれて犬も関心をしめさなくなった。
やがて物置ぐらいに縮んだと思ったら、翌日にはとうとう片手で持てそうな小さな白い箱になっていた。女は犬を引いて、ついでにその箱を持って新しい家に帰ることにした。

                  おしまい

読んでいただきありがとうございました。御感想をコメントしていただけると嬉しいです。
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