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その会議(詩) [詩]

詩 その会議    高平 九

その会議では、
その世界の危機について語り合った。

「全員を救うべきだ」とネズミが言い張った。
「それは無理なのだ」とウシ博士が反論した。
「なんでですか」
「ふむ。船の乗せる数には限りがある。わしの計算では、全員乗せれば船は必ず沈んでしまうのだ」
「そんなのやってみないとわからないじゃないですか」
「やってみてダメでしたで許されると思うか」
「それは……」
ネズミは黙ってしまった。
「問題は誰を優先的に船に乗せるかだな」とトラ宰相が偉そうに言った。
「私たちは神様から選ばれたものです。当然先に乗るべきでしょう」とウサギがすかさず言った。
「そりゃそうじゃ」とタツ教授も言った。
「最初に乗り込むのはトラ様でげすね。お知り合いのトラの皆さんもお先にどうぞどうぞ。へへへ」とヘビは赤い舌をチョロチョロさせた。
「あたしらはその後からでいいですわ」とウマ女史までが言い出した。
「貴様らは自分たちさえ助かればいいのか。それが神様に選ばれたもののすることか」と噛みついたネズミを、
「偽善者」とヒツジがからかった。
「なんだと!」
「仕方ねえよ。弱肉強食は俺らのルールじゃん」と言ったのはサル。
そのとき、
「ハームリダクション」とウシ博士が重々しく呟いた。
「何よそれ」欠伸をしながらトリ。
「害悪の軽減かあ」
イヌがしたり顔で言った。
「災厄は避けることができないのだ。全員を救おうとすれば全員が命を失う危険がある。だとしたら被害を最小限に抑えるべきなのだ」
ウシ博士の言葉は鈍いだけに重みがあった。
「ヤク中に新しい注射器配ったり、路上売春してる奴にゴムを渡したりするあれだろう。完全になくすことができないのなら少しでも害悪を減らそうってことか」またイヌが言った。
「なるほど、多くのものを救うためにはある程度の犠牲はやむを得ないということですね」
真っ白なウサギが言った。
「そんな……」
「問題は誰を乗せないかだ」トラ宰相が言った。
「そりゃあ神様に選ばれなかった連中でしょう」と言ったのはウサギ。
「どうじゃろう。集まる時刻をわざと間違えて伝えるのじゃ」提案したのはタツ教授。
「そんなら足の遅いあっしも先に乗れまさあ。でも遅れた連中が黙っていませんぜ」とヘビ。
「遅れても乗れた方たちは本気で怒ったりしませんわ。だって命が助かるんですもの。ほほほ」とウマ女史。
「乗れなかった連中はちょっと可哀想だな」同情したふりをしたのはヒツジ。
「その時は船の上からみんなで頭を下げればいいんじゃねえ、このたびは申し訳ありませんでしたってさ」と神妙に謝罪の真似をするサル。
ネズミとウシ博士以外のみんなが笑った。
「君たち不謹慎だぞ。尊い犠牲を払ってもらうのだ。敬意を払いたまえ。敬意を……」とトラ宰相がおどけて言うと笑いはさらに大きくなる。
「狂ってる」ネズミの呟き。
「なんだって? 声が小さくて聞こえなかったぞ」それまで黙って議事録をつけていたイノシシがネズミを責めるように言った。
「みんな狂ってる。犠牲になるのが自分の仲間でもそうやって笑っていられるのか」
ネズミは精一杯の大声で訴えた。
「だったら、あんたの一族が乗らないってはどうだい。小さくても数だけは多いから、その分かなりの命を救えるはずだな」とヒツジが言うと、
「そうよそうよ。偉そうなことを言うならあんたが犠牲になりなさいよ」とウマ女史が鼻息荒く言った。
「それは……できない」
ネズミは頭を抱えた。
「議論は尽くされた。いにしえより偉業をなすには犠牲はつきものだ。皆のもの良いな」
トラ宰相が言うとネズミ以外のものが「ははー」とひれ伏した。
「それから、ここで話し合ったことはけして口外しないこと。広く知らしめることでもないし、ましてや歴史に残して益のあることでもない。議事録はとらなかったこととする」
イノシシが顔を上げて「えっ?」という顔をしたが、その隙にヒツジが議事録を食べてしまいましたとさ。

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